日本を創造
   
天本俊正の「主張」です。ある奨学会機関紙に意見を随筆の形で載せています紹介します。そのあとは、平成15年段階の収録ものです。

バックの壁紙の模様が本文を読みにくくしてますので、拡大して読んでください。

目次

時事随想;女性性のための国土計画を考える(書きおろし)(平成28年5月)

新新 200兆人の宇宙(百華寄稿;平成27年12月)

新1 3億人の国土(百華寄稿;平成26年12月) 3億人     

新2 「産めよ殖やせよ」も国民精神の剛健にあり(百華寄稿;平成25年12月)

新3.ひるまず核エネルギーを使いこなそう(百華寄稿;平成24年12月)

新4.「民族倍増計画・・・」(百華寄稿;平成23年12月)

1.「子沢山・若返りの国土を」子沢山(百華寄稿:平成21年11月)

2.「”70歳徴兵制”の勧め」(百華寄稿:平成15年11月)

3.「母なき国は暗し」(百華寄稿:平成20年11月)母なき

4.プロジェクトする想い;国土計画はもういらないのか(百華寄稿:平成22年12月)国土

5.平成15年以前の「主張」の目録

(時事随想)

女性性のための国土計画を考える

 

平成28528

天本俊正

 

目次

1.はじめに

2.人口減の要因をどう考えるか

3.家庭基盤の強化;女性性のための制度復古(民法復古;家制度)など

4. 22世紀への国土計画を考える;日本の人口政策、国土・都市構造 

5. おわりに

 

1.はじめに

 

 女性用の国土計画、男性用の国土計画があるわけでは、もちろんない。小生は、昭和60年ころ、国土庁在籍の時に第4次全国総合開発の策定に、末席ではあるが、参加させてもらった。現在は、第2次国土形成計画(平成278月)が、中央政府の公式の国土計画として存在する。日本の国土のありように一定の指針を与えてきている。

 今、国土計画は、日本の国土人口の減少傾向に立ち向かわなければならない状況にある。その戦いの主役、主力選手は、実に女性群である。特に若い女性が、世の在り方をどう考え、どの方向に世を導いていくかに、責任をもったビジョンを持つべきと考える。

 この百華では、たびたび小生の拙文を国土計画に関して時事随想で掲載していただいてきた。主張は、毎回、同じようなことばかりであるが、視点を今回は変えてみた。(筆者注;本稿は

投稿ができず、ここへの書下ろしである。)

 

2.人口減の要因をどう考えるか。

 

 生存と生殖は動物としての人間の維持すべき本能である。男女の共同により家庭があり先祖子孫があり、生存と生殖がある。妊娠・出産・育児の負担を背負う女性が家庭を守り子供を育てる主力となり、生活の糧を稼ぐのは主として男性の仕事たるは、至極当たり前だし、この規範を壊すことは、今後の人類の未来の歴史においてもできない。

現代において世界的に先進国、新興国で人口減が起こっている原因は、晩婚化と少産化によってこの規範が壊れつつあることにある。思想的には、個人主義の行き過ぎで、子供を産み育てる義務からの逃避である。

 

パトリック・ブキャナンは、著書の日本版に寄せ書きをしている。欧州諸国同様、日本も女性の多くが、子供を「負担」、結婚を「自由の制限」と考える。「なぜ日本及び先進国の女性が自国の文化文明に終焉をもたらす思想を愛するに至ったか」疑問だという。少子化の悲劇は、先進国、および急速に追いつこうとする新興国に共通する悩みなのである。22世紀にかけて世界はイスラム、ヒンズー、アフリカなどなお急増する人口を抱える地域がある反面、先進国等は、出生減に直面している。

 

 先進国等が出生減の文化文明の局面から脱出しない限り、人類は、今、人口増を担っている非・西欧文明諸国もまた影響を受けて出生減に陥り、人類破滅への道を突き進むことになる。日本は、明治の初めの3300万人が12000万人まで増加する100年を経て、今、21世紀初頭、急減の局面を迎えている。22世紀には4000万人台になる計算さえある。国連やOECDの世界人口推計は、人類衰退の傾向を是認し100億という線を打ち出している(今の趨勢なら283億人なのに)

 

今、日本ではどう政策を展開すべきか。昭和10年代に人口減の兆しが見えたとき日本政府がとった政策の根幹を思い出す必要があろう。すなわち「家と民族を基礎とする世界観」(昭和161月閣議決定「人口政策確立要綱」)の再興によってしか人口増をえることはできない。農耕社会から、工業社会を経て情報産業社会に入ってきている段階で、人間の再生産が円滑に進むにはどういう社会制度を築き上げるべきかの一つの回答になっている。

 

昭和211月、いわゆる天皇人間宣言の中で陛下の言葉がある。「それ家を愛する心と国を愛する心とは我が国において特に熱烈なるをみる。今や実にこの心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をいたすべき時なり」。平成28年の今、日本国の人口政策の基本に「家と民族を基礎とする世界観」を柱に建てるべきである。「個人を基礎とする世界観」を排しての「家と民族を基礎とする世界観」は、「人類愛」のために平成日本が、今取るべき根本思想である。その実行部隊は、実に日本女性の持つ思想にある。

 

 

3.家庭基盤の強化;女性性のための制度復古(民法復古;家制度)など

 

3−1 お見合いの復活など

 

 婚活が盛んになってきているがうまくいかない。国民性もあるし、男子の若い年齢層の収入に限界もある。女性の初産年齢は10代が好ましいとあれば、婚姻の相手探しは、個人同士では難しい。家制度の復活、少なくとも一部復活などの社会的手当てが必要であろう。

 この時、障害になるのが現在の占領憲法24条である。「両性の合意のみ」とか「両性の本質的平等に基づいて・・」などの表現は、若い人たちの意識を困惑させていること大である。改憲がふさわしいが、せめて第9条のように解釈改憲を徹底させる法律を通して、お見合いの復活などを推奨すべきである。そもそも明治憲法には、このような規定はなかった。

 そこで戦後民法の見直しが議論されてしかるべきである。例えば、家制度復活につながるとして明治民法から規定がなくされた「親族会」の規定を復活するなどは、手掛けやすい項目であろう。今は家裁が代行しているが、各家族によっては、任意に親族会を復活させ、その議を経て家族関係の紛争・あっせんなどを調整していくなどあろう。一歩進めて家族によっては、戸主制度の復活を届け出などによって行う自由を認めてしかるべきであろう。神道系の信仰を持つ家族などは率先して、その制度を採用し、結婚促進、両親などの関与を、現憲法の生硬なの規定を乗り越えて、世の中認めていくがいい。イスラムでは、諸宗派によって裁判所が異なることを認めている。

 

 

3−2 専業主婦か兼業主婦か、「女性の活躍」?

 

 「お母さん」は、人間社会の中でいつでもどこでも一番偉い。会社社長や総理大臣、将軍よりも偉い。専業主婦が、「男が仕事、女が家庭」の伝統、慣習に則っていて、高度情報社会でも尊重さるべき存在である。状況に応じて「兼業主婦」も一定あってもいいが、女性が、男性とまったく同様に働くことは、非現実的であり、近代社会でもそのような考えは、間違いだ。男女同権は誤解である。

 

 昨今のフェニミズムは、女性の社会的活動に不当に力点を置いている。出産が4人、5人、10人になれば、出産・育児期の就労は、制限が出るのは当然ことである。「女性の活躍」キャンペーンは、明らかに出生増の政策を故意に捻じ曲げて、「結婚するな産むな」キャンペーンの不届きな「謀略」である。「出生増」と「女性活躍」は別文脈である。

 

それでも社会的な女性就業等を男性社会の伍して続けていくためには、いくつもの工夫が必要である。例えば、在宅勤務をデジタル時代にふさわしく増加を図るとか。住宅政策も住居に備える就労設備等の推奨など政策的に進めるべきであろう。

 

3−3 女性の高等教育・教養について

 

一つの例として女子大学における保育所の設置などあげられよう。女性の出産は、ハイティーンから始めるのは、生物学生理学的にも多産を可能にするといわれる。明治時代にさかのぼれば、10代で結婚、出産は普通にみられることであった。今の学制では、女子も多くが大学まで行き、男性と同じ教科内容等で就学している。高等教育が、歴史的な経緯から男性本位に作られている。改善を考えるべきであろう。学内の保育所の設置もそうだし、学科習得年数等も女性の特性に合わせたものにすべきだろう。子育てを終わって学業に復帰する女性のための課程なども準備すべきである。少子化対策の一つとして新しい国立の女子大(男女共学の女子部門も)をモデル的に新規設置してはどうだろう。

 

3−4 女性本位の都市づくりがあるか

 

 しかし、女性の活躍が期待されるのは、男性の活動分野と重複するところは少なくない。政治、科学、芸術、ある種の企業家・起業家などなど。いままで男性本位で作られてきた観のある都市づくりを女性の活躍(母親、妻としての役割りを果たしたうえでの活躍)に好都合のものとして変えていくことが22世紀に向けて考えられなくてはなるまい。前項でとりあげた高等教育の場における保育施設の設置などは明らかだが、そもそも職住近接の原則が一層、追及されてしかるべきということかもしれない。

 

4. 22世紀への国土計画を考える  日本の人口政策、国土・都市構造

 

4−1 移民の受け入れ

 

 日本女子の出産率の向上が、もし今後見込めないとしたら、移民を受け入れざるを得ない。世界の人口の動きをみると開発途上国・イスラム・アフリカ・インドなどは人口急増で、このままいけば22世紀には283億人になる。西欧文明の影響で出生率が落ちたとしても100億人は、21世紀半ばには到達する。各国が、今の人口シェアを受け持つとしたら日本の国土は、今の人口シェアー2.4%つまり24千万人を38万方キロで引き受けなければ、世界的に見たとき相対的に人口希薄地区になっていく。その希薄化が許されないとすれば、つまり増加分1億人分を日本人を主体に受け持つか、移民で受け入れるかを覚悟しなければならないのだ。移民受け入れの場合、国境で平和的に受け入れるか、難民で受けいれるか、戦争の敗北の結果で受け入れるか、の相違はあろう。

 

4−2 宗教と政治・宗教と科学の関係から人口政策を考える

 

 宗教心が薄れてきた結果が、子孫への思い入れの薄弱化につながり、少子化を引き起こしている。科学の進歩、技術・経済の発展が、宗教心を世界的に薄くならしめている。一方、宗教は場合によっては強力な世俗的権力を持つことにもなる。政治は、宗教を警戒心を持ちつつ対応するものとなっている。人口増を考えるとき、あらためて政治からの宗教への「注文」「要請」が、手段として有効なのかもしれない。

 ローマカトリック法王は、しばしば避妊を非難したごとく、またイスラム教で女性の役割への特別の規範が強いことなどに、人口政策で宗教の位置づけは大きいことと見ることができる。

 

5.おわりに

 

 出生率が、致命的の落ち込みを日本社会をあげて深刻に自覚しなければならないし、その是正は、政策等を遂行すれば子孫繁栄につながりうることを確信しなければならない。その担い手は、女性の自覚を柱とする国民精神の覚醒である。                              

 

 

補論;明治民法から戦後民法(親族)をみる

(有斐閣双書・民法(8)親族を読む)

メモ

平成28611

天本俊正

1.明治民法(親族)の由来と基本

 

 穂積八束の「民法出でて忠孝亡ぶ」の法典論争を経て、明治民法は明治31年(1898)に施行された(昭和22年までの約50年間存続)。家制度をさだめ戸主の制度を設け、戸主が家族の統括者の地位を占める。家督相続があり、親族会が設けられた。

 有斐閣双書(川井健ほか編著)は、家父長制の家族法は、天皇制の下、忠孝一致の国家思想の根幹を形成した、と評するが、偏見ではないか。日本の古代以来の伝統を十分に受け継いだ面があろう。

 

2.戦後民法の成り立ちと限界

 

 戦後民法は、占領憲法のいう「男女同権」「個人の尊厳」を支柱として欧米個人主義の押し付けにより、昭和23(1948)に成立した。我妻栄などの日本法学者が加担した、少なくとも結果的に加担した。昭和16年に日本国政府が、人口政策確立要綱で「個人主義を基礎とする世界観を排し家と民族を基礎とする世界観に基づく人口政策」とは真っ向反する方向である。

 第2次世界大戦(大東亜戦争を含む)後の世界的ベビーブームの後、西欧先進国と日本を含む急進新興国は、傾向的に人口出生率の顕著な低下をみて、個人主義と戦後資本主義の思想が、人類の子孫繁栄に即さない限界を露呈してきた。イスラム、ヒンズー、アフリカ原思想(往時のカトリックも含め)は、民族の出生増の思想を内包保持してきている。日本もまた聖徳太子の17条の憲法以来の古代日本的民主主義と家族主義のしきたり・慣習を、封建思想と共存しつつ、民族の思想の中に維持発展させてきた。その芽を占領憲法(特に24条)と戦後民法の70年が、崩壊させ、低出産率にあえぐ状況に陥らせている。

 

3.戦後の家族形成と戦後民法

 

 核家族といわれる夫婦・子供を単位とする小家族的構成の国土全体での広まりは、産業構造の変化(農業から工業主体、さらには情報産業主導へ)を反映しているとともに、戦後民法もまたこの傾向を促進してきた。さらに個人主義の蔓延は、子供の進学競争にも波及し教育コストの上昇もあって少産化につながっていった。ことに「男女平等」(男女は明らかに性役割に差があり平等というはそぐわない)「個人主義」(戦後民法の親族扶養の規定の弱体化は、これを促進)の思想蔓延により若い女性の結婚回避、晩婚化、少出産などの傾向を促進した。道徳教育の形骸化もある。

 戦後民法の扶養(子供養育、老人介護、障害援助など)について言えば、戦後民法の柱から家制度をなくしてしまったため、家族の中の統率者の指導力等のないまま、未成熟子供の保護・養育、同居老人の介護、障碍者の手当てなどが、か細い親族扶養規定(直系親族によるもの)に頼るしかなくなっている。社会保障制度への依存度を高めるもととなっている。

 なお、戦後民法の親族扶養の規定は、その策定時に保守派の抵抗でやっと取り入れられたと聞く。有斐閣双書(川井健ほか編著)での解説では、習俗・慣習に任せて規定不用とも示唆している。

 

4.婚姻について

 

4−1)社会主義思想における婚姻

 原始乱交制、集団婚の段階では、男女平等であったが、富の増大に伴い、男性の地位が高まり、私有財産制と結びついた一夫一婦制に到達する。これは男性による女性支配の制度であって最終的婚姻制度とはいえない。・・・・なんと、人類にとりついたアヘン的邪悪な思想であろうか。

 

?−2)明治民法の婚姻

 当事者の合意に婚姻成立の基礎を置いていることは、戦後民法(現民法)と同一であるが、戸主や親の同意を要件としている点で、完全な意味での共諾婚とはいえなかった。

 夫と妻の関係については、夫権と総称できるような妻への支配が認められ、夫婦同体主義は、妻の無能力ともなっていた。貞操義務については大審院判決(大正15)により夫にも貞操義務があるとされた。

 

5.親子関係

5−1)親子法

 現民法でも、未成熟の子の哺育・監護を主とする親子関係が成立し、成熟した子と親の関係は直系血族1親等としての扶養と相続として規定される。民法の戦前戦後を通じて、家を中心とした生産関係(農業とか家業の商売とか)が解体され、消費単位としての家族の色彩が強くなるにつれ、父権的色彩が弱まり、父母対等の立場を取りうるとともに、家のための親子から子のための親子になる。産業構造の変化等による当然の変化とみる戦後民法の考え方であるようだが、民族衰退の少子化を克服する上からは正しい合理的な現民法制度とは言えないのではないか?

 

5−2)親の権利と子の利益の調和

 戦後民法も血縁的要素に基づいているが、血縁の原理の後退がある。親が子を躾けるのを認めている、などという言い方はおかしな関係でないか?古代日本からの伝統的民主政治には忠孝の考えかたが親子関係に浸透しているはずだし、私有財産制を基本とする社会での親子関係も、子の躾けを当然とするものであるはず。戦後民法(おそらく西欧民法が・・)が日本の伝統から不適切に遊離しているとみるべきだ。家制度に近い家族一体の観念の方が、人間の本来あるべき姿に近い。我が国の少子化の元凶がここにあるともいえる。

 

53)親孝行と戦後民法

 日本の道義道徳は、古代日本の原思想と儒教、仏教などとの混合の結果、忠孝は抜けがたい柱となっている。戦後民法の子と老父母との関係は、前述の通り、か細い「直系1親等の扶養」でわずかにつながっている。これを無理に補おうとするところから過剰福祉(年金、高齢医療、介護、生活保護)が出てきている。

 

6.扶養と社会保障

 

 幼年、老齢、傷病、失業など自力で生活できない者は、親子、家族にはじまる密接関係の社会構成員による生活上の給付が必要である。多くは愛情、道徳、習俗など自発的に行われるが、国家権力は、場合によっては法的統制を加える(社会秩序の維持など)。民法上は一定の親族的身分関係のあるものからなされる給付を意味する。

 今日、社会保障が財政破綻を引き起こしているのは、民法を超えて公的扶養の水準(適用範囲、強度等)に問題があるといわざるをえない。戦後民法の扶養は、大正14年の考え方を踏襲しているが、家制度の廃止に伴い、生の姿で社会にさらされ、現在の社会保障制度の混乱を導きだしているということである。

 

7.民法改正

 

 出産奨励へは、民法をより柔軟性を持つものに急ぎ改正すべきである。現状の法曹界,司法関係者は、明治民法から戦後民法への切り替え(敗戦により押し付けられた)を無定見に正当性を持つものと飲み込んでいる傾向がある。民族の子孫にわたる繁栄を取り戻す(経済成長とは別次元)ためには、明治民法への一定の後戻りなど、家と国を愛する心に強さ、熱烈さをもつ民族性への復帰を図る民法改正を急ぎすすめるべきである。戦後レジームからの脱却の重要な要素である。

 家制度は、戸主の支配権を柱にし、構成員の自由を制限するものであった反面、戸主の指導力による一体的協力関係は、多くの困難を家族、親族の内部で解決していく力を有していた。その制度を根本的、暴力的になくしたため、例えば、婚姻相手の選択をはじめ、若い男女にとっては必要な指導者、協力者を人生の重要な段階で失う、覚束ない状況になっている。自分の力だけで困難を突破していかなければならない辛い立場に追い込まれている。今、西欧文明に見られる少子化(非婚化、晩婚化、出産回避・・)の大きな原因はここにある。

 

8.戸籍

 

明治民法のもとでの戸籍は、家制度を基礎とし戸主を中心に編製されていた。現行戸籍は小家族主義に立脚し、夫婦親子という家族共同生活の単位をもって戸籍編成の単位とする。出産奨励のため3世代戸籍に戻すなどの改善策もあろう。

以上


 

 

 

(百華寄稿;平成27年12月)

百華寄稿(随想)

200兆人の宇宙

平成27年9月7日

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

1.はじめに

 

新日本奨学会には、大学時代にお世話になっただけでなく、百華寄稿、懇話会など通じ人生をなにかとお教えいただいてきた。特にこの10数年は毎年のように、旧建設省、旧国土庁OBで国土計画にも携わった者として、時事随想を百華に個人的な感想を述べさせていただいて感謝している。前回は、「3億人の国土」との表題で人口減問題を取り上げた。友人が遠慮ない批判で、日本列島の人口が3億人にも増えるわけないし、いい加減な法螺ばかり吹いて、と手厳しい。今回は、一層、法螺を大きくして「200兆人の宇宙」である。

 

故ジェラード・K・オニール教授(物理)は、人類の究極の人口限界は、今の2万倍、すなわち200兆人と見積もる(竹内薫「火星地球化計画」による)。太陽系の惑星の資源活用や地球規模の宇宙船の建造などによるのかな、と素人推測するが、それが正しいかどうか、はここでは問わない。可能性として200兆人の宇宙空間居住がありうる。「3億人の日本国土」でなにが、大袈裟であろうか。

ここはSFの世界ではない。近現代をどう我々は生きるか、を考えたい。

 

2.人類は殖えるべきもの:人口政策の隘路

 

 放射線基礎医学の国際的権威である故・近藤宗平博士は、啓蒙書の中で言っている。「生きとし生けるものすべてに共通の根本的特徴はただ一つ、自分と同じものを生み出す能力である。子を産む能力をもつものが生きている。個人の寿命はたかだか100年で、子孫を残さなかったら存在しなかったと同じになる。」(講談社ブルーバックス;人は放射線になぜ弱いかp.116)。生きとし生ける者にとって子孫を殖やすことは義務である。

 このまま放置すれば、21世紀に著しい人口減に見舞われることが明らかなわが国で、巷間、人口政策として言われることは、人口減を半ば容認してコンパクトな国土・都市、社会福祉の大盤振る舞いばかりである。所詮、生物の一種でしかない人類に近現代で、取りついている支配的な文明論は、近代西洋思想に代表される刹那的個人主義優位の思想である。日本は、その最たるものであるが、欧州諸国、新興工業国も顕著な人口減を引き起こしている。先進国・新興国で、人類は自殺的な「繁殖」拒否を見せているのはなぜなのか?人類が数百万年で培ってきた慣習などを大事にすべきと思う。

 このような行き過ぎた個人主義の世界観を脱し、世代を越えて人類繁栄を可能にするためには、国民一般にとりついているアヘン的思想を脱して、家と民族を基礎とする世界観を取り戻すことこそ平成日本がなにを置いても急ぎ取り込むべき政策である。「家と民族を基礎とする世界観」は昭和16年我が国の政府の人口政策の主張するところである。最近、新聞を読んでいたら「個人を超えた公共的な価値のために個人の権利や生活を犠牲にすべき場合がある」というアメリカの政治学者の主張が紹介されていて、妙に納得できた。故・近藤宗平博士の指摘にも通じよう。

 

3.生活するための道徳観

 

 明治の初め、学制を始めるときに明治政府は太政官布告214号を出した。そこには、自立する国民と学問で国を建てていく決意がのべられている。戦後の日本の世相とのちがいを論じたい。

 「人々それぞれ身を立て産を治め業を盛んにして生を遂げるの所以は・・、学による」で始まる布告により明治の学制が動きだした。「男女の別なく学に従事させるは親の務め」とし、明治国民の厳しく熱い自立の心構えを呼びかけている。そこには、社会の支援や国家の政策を頼って、身を処していくなどという思想は、微塵も見られない。

 昨今の人口減問題への対応の政策論は、やれ若い人の所得が足りない、育児・教育の社会的支援が不足している、女性の社会進出が不可欠など、まことに的外れな議論ばかりである。

 個々人の生きる意欲とそれを現実の生活に生かしていく道徳・修身・教養は、昨今の生半可な政策論議のまったく考え及ばないことになっているのが嘆かわしい。個々人が、身の回りを良くして行く、無限の努力と結びつきの上に、社会があり、国家がある。国家があって人があるのではない。結婚・出生・育児・教育など家族の生長に関して言えば、「子は社会が育てる」とする左翼的思想は、誤っている。専業主婦、「おかあさん」の存在を尊敬しないフェミニスト思想は、女性蔑視の誤った思想である。

 

4.平成日本の国土計画の動きと危うさ

 

 安倍2次内閣は、国土国民にとっての人口減の危機的の状況に急ぎ対応しようとしている。「まち・ひと・しごと地方創生」「国土形成計画の改定」は平成27年から28年にかけて、重要な政策課題のひとつとなっている。

 その一環で、中央政府は地方自治体にも「長期人口ビジョン」の策定を、この春から要請している。京都府京丹後市はこれに応えて、現在の人口を2060年には2倍近く、政府予測の3倍に増やすビジョンを公表した。小生は、いいことだと思うが、某中央紙は、論評して「願望でしかなく、全国同じなら2億人にもなるバカげたこと、計画の意味なし」とした。3年、5年の政策ならまだしも40年、50年の期間であれば、国民思想の大転換も考慮に入れて、「願望」に向けて国民を挙げての努力が本来である。マスコミ子の論評は、日本の知識層、指導層の一般的な見方であろう。それだけに、脱・日本衰退にこのままでは、暗い見通ししかないということである。未来は、予測するものでなく作るもの、と考えたいものだ。積極的に人口増を希求し、実現に国民一致の努力があるべきだ。

 

5.家族・地域・職域を国民運動で変えていくべき

 

 折角、人口減が国土国民の将来に放置しがたい課題との認識に立った以上、わが中央政府は、地方自治体を指導、激励し、民間各階層・各界にも呼び掛けて、日本民族倍増の国民運動を第一の重要政策に掲げるべきである。社会主義ではないので国民に強制はできないが、日本の伝統、歴史、慣習を重んじる、むしろ取り戻す視点を政策の根底におけば、必ず無理のない産業、文化、生活の新しい国土を築くことができる。

 占領憲法は日本の歴史、伝統、慣習を否定する形で、家族形成、男女の在り方、先祖子孫の在り方を規定してきた。特に指導層、知識層は、西洋欧米モラルに加担、日本民族に合わないモラルを国民に押し付けてきた。日本民族の特性を取り戻すことが必要である。「男は仕事、女は家庭」の原則を、大略、守っていくべきだ。政治は、その方向を誤ってはいけない。

 

 OECDや国連は、22世紀の世界人口は、109億人とか110億人とかに低めに見積もっている。今の出生率の延長は286億人なのに、人口抑制の思想を世界に押し付けようとしている。西欧の悲観的見方を乗り越えて人類は、繁栄していくだろう。日本も今や「脱欧入亜」たるべし。家族、地域、職域の構成から産業構造まで非西欧型に代わって行くべきであろう。

 

6.おわりに

 

 人類の各民族の交流が高まり、「太陽系航海時代」を超えるころには、当然に民族共存共生が基準になる。そこに至るまで、地政学者・マッキンダーではないが、地政学の習得と民族間の生存・モラル・勢力のいい意味での争いは、不可避であろう。はるか先のことでも日本民族として意識的努力が必至である。

 

200兆人の宇宙」に人類が飛び出していけるのか、何世紀後か、何百万年後か、SF小説の世界さえ超越している。現在、宇宙空間に生きている人類は、せいぜい10の1乗の人数。地上を離れて飛行機などの中にいるのは10の5乗、人類人口はいま10の10乗、200兆人は、10の14乗。今の10の5乗をレベル5と言えば、レベル14まで、飛躍していく過程を想像していくことは、無理ではあるまい。しかし、レベル14の人類の存在が、何を意味するのか、所詮、人類としてその回答を得ることはできない。神のみぞ知る。人間の生き方としては、心に浮かぶ規範・夢に素直に、謙虚に沿う道を探ろうということでないか。少なくとも民族自殺、人類滅亡でレベル10からレベル0への道はない、とする。

(以上)3300字

新1 3億人の国土(百華寄稿;平成26年12月)

百華寄稿(随想)3億人

 

「3億人の国土・その2」脱少子化の国土計画を

 

平成26年8月30日

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

 

1.はじめに

 

平成6年の百華で「3億人の国土」という短文の時事随想を掲載いただいた。その後、脱少子化の国土計画で似たようなテーマを毎年のように、掲載いただき恐縮している。安倍2次内閣として国土交通省は、やっと人口減少化国土が危ういものとの認識にたって、国土計画の見直しの作業を始めている。旧国土庁OBとして、先回りして西暦2110年(22世紀)の国土計画・人口発展増殖計画の素案をお許しいただきたい。題して「3億人の国土・その2」。

 

2.22世紀2110年の日本国土の人口配置計画

 

私の提案は、ずばり次表の通りである。

 

別表:日本列島・超長期人口計画(発展増殖・配置)

(万人)

大都市圏 現在=2010 2050(平成62) 2110(平成112)
北日本(北海道・東北)

1400

2500

8000

関東

4200

4200

8000

中央(北陸、中部、近畿)

4000

4000

8000

西日本(中四国・九州・沖縄)

2500

3000

8000

合計

12100

13700

32000

 

3.超長期人口政策の基本

 

わが国の政府としては、昭和16年1月(1941)に「人口政策確立要綱」を策定して、当時8000万の人口を20年後に1億にする計画を明らかにした。この時は、「東亜共栄圏」の確立発展が、国策であったので、それに沿った表現になっているが、内容的には今の平成日本でも、妥当し、検討の俎上に載せてしかるべきである。しいて国策・国是を今様にいえば、「日米同盟・環太平洋ネットワークを根幹とする“大東亜新秩序”」の確立のために、平成日本の人口政策を打ち立てるべき、というべきであろう。

昭和16年の政策でも言っているように次の点で国民精神の昂揚を図るのが基本であるべきである。

@永久に発展すべき民族たることの自覚A「個人を基礎とする世界観」を排して「家と民族とを基礎とする世界観」を確立徹底すること。この2つは、昭和16年の政策がいう4つの精神のうちの2つそのものである。

戦後、日本は敗戦により自前の国民精神を持つことを抑制されてきた。特にAに言う「個人の尊重」は、占領政策で国民が押し付けられたもの。今になれば世界的に見て個人主義の行き過ぎが各国で出生減、出生意欲の減退に繋がっている。改めて家と民族とを尊重する国民精神の「日本復帰」が人口増の決め手である。

フェニミズム、今や世界に跋扈した「悪思想」は、欧米先進国、日本からさらにはシンガポール、韓国、台湾などの各国の出生力を急速に低下せしめている。男性性と女性性の役割の違いを尊重しないのでは、種族としての人類の繁殖もない。抵抗しているのは、イスラム、ヒンズー、アフリカ原住思想であろうし、日本の源流的思想も抵抗し覆していける能力を持っている。わが日本も、民族意識を取り戻さない限り、人口減を防ぎ、増加に転化することはできない。

 

4.発展増殖の人口政策の具体策と効果

 

具体にどうすべきか?以下のような政策を、国、地方、企業、地域で徹底させていく。現在おおむね年間100万人の新生児のペースを、10年で200万、30年で300万、50年で500万に増やしていくことができる。これで2110年に3億人の国土は可能である。ただ、3億人国土の最後の1億人は、アジアなどからの移民によることも考えられる。

 

 1)国民精神の剛健化;現在の軟弱な国民精神の改変には、民主主義のもとでは、時間と国民同意のムード形成の手間がかかるだろう。社会主義でないので個人の意志に強制はできない。だが、民族の使命に燃えれば出生増は、確実におこる。

 

 2)中絶禁止、避妊抑制は、これは堕胎禁止の現行法制の厳格施行に移るだけで効果は即効である。年間20万人の生まれるべき子が、殺されている。避妊製品に重消費税を課す新制度を3−5年内くらいで成立させる。

 

 3)婚活の国民運動を行政でも支援する。地方自治の大きな責務として婚活を制度化すべきである。だんだん効果が表れれば、新生児ベース年間50万人分くらいは期待できよう。

 

 4)さらに進んで民法改正をすべし。選択制でいいから、家制度を復活し、家族の絆の強化を法制度でもバックアップする。家庭裁判所の各種認定基準を、家族結束、出産奨励に変更していく。家父長にしろ、家母長にしろ家族の生老病死、成婚・生活形成に責任を持つ代表者を立てることは家族主義の人生の基本である。戦後民法の家制度の廃止は、家長の責任放棄をもたらした。西欧の個人主義が、結局は家族崩壊を促進し、国家の衰退も萌していることを率直に認めるべきであろう。

 

 5)女性の就労/就学形態を、変える。男性本位の勤労・就学体系とは別に女性本位の制度を導入する。出産を終えた年代の女性の就労/就学を容易かつ有意義なものにすることにより、若い女性の結婚促進、出産意欲の向上につながる。政治・科学・文化の分野での女性の教養力、競争力を涵養する制度を検討すべきである。

 

 出生減の原因は、晩婚、非婚の増加による。出生増には、早婚の奨励、出産・育児を優先した女性の人生設計を社会が支持すること。日本の伝統、慣習にも即している。長谷川三千子NHK経営委員が「妊娠・出産・育児の負担の多い女性に対し、生活の糧を稼ぐ仕事は男性が主役となるは、合理的」というのは、正しい。

 

今、左翼的勢力が狙っている女性援助(就労、幼児、介護援助)の多くは、逆効果である。女性の覚悟を委縮させ、一層、家族形成をしり込みする言い訳になっている。財政負担も、過大になってくる。

 

 6)税制で、家族給制度、扶養手当などの制度は、拡充すべきである。「子供手当」は、子供を育てる親の責務をないがしろにするもので、原則やめるべきだ。子供は親が責任を以て育てる意識を社会が奪ったり、うすめたりしてはいけない。

 

5.地方での新大都市圏の創造

 

 22世紀に向けては、一層、高度情報社会になっていく。脱少子化の国土長期計画も、出生増の奨励だけでなく地域構造も変えていく必要がある。国土交通省の「国土グランドデザイン」(平成26年7月)でも東京などの大都市での低出生率の地域よりは相対的に出生率の高い地方部への人口、産業などの重点化を主張している。高度情報社会の産業・文化の振興には、地方地方に新たな大都市圏を創造し、これをネットワーク化していくことが必要となろう。関東、近畿、中部の集中抑制とそのほかの地域での人口分散増加の政策展開が期待される。具体の政策手段を提示する。

 

 1)創造される地方大都市圏(つまり非既存の新大都市圏)の生産生活両面のインフラの魅力が、おのずと人口移動を引き起こすような整備の内容を考え出す。 地方創造大都市圏での生産基盤投資として@コンテンツ・データバンク投資A光ネットワーク重点整備B情報研究教育機関の重点整備C宇宙・海洋開発、素粒子物理などの大型実験研究施設の整備D既存大都市圏の水準を上回る高質の文化施設、自然リゾート施設の整備などがあげられる。

 

 2)全国観点からの公共投資の戦略的プロジェクトを新たに考え出す必要がある。明治に高等教育機関の全国配置を戦略的に整備したがごとく、21世紀戦略プロジェクトを地方・創造大都市圏に優先することは、全国的効率などからみても許される。行き過ぎた「地方分権」は、エゴの張り合いで、許されない。

 

 3)地方での出生増を国家政策として優先的に行うには、女性に対するイメージ・ソフト戦略が、もっとも重要であろう。

日本民族は、色彩感覚、デザイン感覚で世界の他の民族特性を凌駕している。地方に国営のデザイン世界大学を3〜4か所設置するなどは、どうだろうか。財源は、福祉削減からの十分に出てくる。洒落た美しい地方都市は、女性の居住意欲をそそる。

 

4)国防インフラの各種整備は、地方を重点に行なう。中国(北朝鮮含む)ロシアの軍事的脅威に備えるには、東北・北海道、九州・沖縄・中四国が防衛拠点になる。

 

6.おわりに

 

「現在」は、一瞬にして永遠なりという。日本人としての歴史・伝統・慣習・文化を失っては、日本人が民族として衰退することは、目に見えている。「家と民族とを基礎とする世界観」をとりもどすことが、脱少子化の国土計画であり、おそらく2110年ころは、「太陽系宇宙の大航海時代」になっていよう国際社会での日本人の存在感を大きくするものであろう。

なお、平成26年7月、全国知事会議は「人口減」非常事態宣言をだし、国交省「国土グランドデザイン」は、中長期的に1億人程度の保持を打ち出し、民間のある教育産業経営者は「2億人の国土」を新聞1面広告で訴えた。だが、いずれも、出生力増には、国民精神の復活が真の解決策だと言っていないのは残念だ。                

 (以上)(3500字)

参考

 

三億人の国土

(株)都市経済研究所

天本俊正  

(昭和四十年三月

経済学部卒業)

 

 明治の始めに日本の人口は三千三百万人であった。今、一億二千三百万人である。百年で三倍なら、二十一世紀後半には日本の国土人口は三億人であるはずだ。

 昨年1年間で三回ほど中国の諸都市を巡った。上海、北京、無錫、深?、済南、煙台、いずれの駅も「盲流」と言われる人々か、多くの若い人が着のみ着のままで駅頭にゴロゴロしている。目ばかりがギラギラとしてぃる。熱気と言うべきか、異様な感じ。汽車も硬座車両はすしづめ。窓から乗る人もいる。わが国の昭和三十年代、四十年代もこれに近い風景は見られたが、今の中国・沿海の都市への流れ込む人々の動きは想像を絶する。この勢いを見ると中国十二億人人口のうち1億や二億の人口は、日本の都市が引き受けてしかるべきかと思うに至る。

 ホンコンを見ると高層オフィスビル、住宅ビルは夥しい。しかし狭いと言われるホンコンの領域の多くの山間部、海岸線が巧妙に緑として残されている。日本は三千八百万ヘクタールの国土に約百二十万ヘクタールの市街地がある。いま約1億近くの都市人口がここで生活している。これを東京都区部約六万ヘクタールに八百万人が住んでいる密度まで上げると、三億人が住むための市街地面積は約二百二十万ヘクタールである。農地五百五十万ヘクタール、森林二千五百万ヘクタール、河川・道路二百五十万ヘクタールを基本的に保持しても十分いける数字である。

 水平分業の国際展開を言われて久しい。ほんとにアジアの日本を目指すならば1世紀の間に再び三倍人口増を図る気概があっていい。それは都市への新しい人口集中であり都市産業の発展である。国土の新しい成長でもあり、ソフトで言えば日本的精神、「大和魂」を残す道でもある。なぜなら出生率が一・五を割り二十二世紀には日本民族が絶えてしまうなどという情けないことを防ぐ唯一の方策である。多少、論理が飛躍していることは認めるが、直感でそう思う。勿論、これは、アジアを始め世界の意欲ある人々が新天地を求めて日本の国土に来住し、日本の文化を受け入れ発展させてくれる、そういう条件が整うことが前提である。

 

(平成六年八月)

 

 

 

新2 「産めよ殖やせよ」も国民精神の剛健にあり(百華寄稿;平成25年12月)

百華寄稿(随想)

 

「産めよ殖せよ」国家興隆は国民精神の剛健にあり

 

 

平成25年8月26日

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

1.はじめに

 

 平成17年の百華で「産めよ殖せよ:ビジョン屋の懺悔」の時事随想を掲載いただいてからもう十年近くなる。似たようなテーマを毎年、掲載いただき恐縮している。今回は、7弾目である。小生の憂いの源は、改善されている風には見えない。国の役人の端くれで旧国土庁OBとして、昨今、国土計画上の最大の課題「産めよ殖せよ」に呑気に構える気がでない。脱少子化の国土計画を願う拙文をお許しいただきたい。

 

2.日本地政学を読む

 

 小牧実繁は、大東亜戦争の戦前からの地政学者である。戦後、公職追放され、地政学自身も占領政策で制限された。その「日本地政学宣言」(弘文堂;昭15)を読んだ。中にオランダ旅行記(昭13)があり、以下、引用する。

 

 「今日思うに、日本の偉きは、女が威張らず、内にありて、よく子を産み、内助の功あるをもってなり。西洋のごとく女が威張り、”婦人第一“にては、能率も上がらず、子供も産めず、将来、必ず衰ろうべし」

 

 いま21世紀初頭の世界で西欧先進国に韓国・シンガポール・台湾など新興国はいずれも人口減に悩んでいる。日本もその最たるもの。人口維持水準の半分の出生率しかない。わが日本が、今後、人口からみて衰退・絶滅の民族・国に推移していくのを日本の社会、政治は許していくわけにはいかない。

 

 日本の人口の変遷を見ると江戸時代には3000万人の横ばいを3世紀近く続けていた。庶民は、食えない、養えない、の貧乏の中で、悲しい生活の知恵で嬰児は下すなりして調整していた。明治から大正にかけて半世紀の間に人口倍増したのは、維新のおかげで国民精神に剛健の気運が横溢したことによる。

 

 今、昭和の末から平成にかけて人口は1億2000万をピークに横ばいから減少、急減の一歩手前、GNPも横ばい、「失われた20年」といわれる。出生率の低迷は、結果であって、民族が「剛健の国民精神」を失っていることが原因である。「剛健の国民精神」とは、国民が国家の理想を実現していく精神力が強いことである。先に引用した小牧実繁が「日本の偉き」と胸を張ったのは、昭和の初め、日本国民の精神力が強く、その所以の要因は、日本婦人・女性の強さ、賢さにあったということである。

 

3.国民精神の強さ、弱さを考える

 

 小生、学科としての「日本史」は弱かった。今、日本民族の精神力の歴史的変遷を云々する素養はない。あえて最近、聖徳太子の17条憲法、明治の5か条ご誓文、軍人勅諭、教育勅語、戊申詔書、国民精神作興詔書、開戦・終戦勅語などウイキペディアから引っ張り出し、暗誦しながら、「日本」を自分なりに考える。

 

聖徳太子は偉い。17条の憲法(西暦604)は、国家の基本に関する5条、統治機構に関する8条、国民道徳に関する4条の条文からバランスよく構成されている。「事はひとり定めず、衆もて論(あげ)つろうべし」「百姓礼あれば、国家治まる」「賢聖を得て、以て国を治めん」などの条文は、日本が世界に先立って誇りうる「民主主義」ではなかったか。千年の時を経て、明治の5か条誓文には「官武一途、庶民に至るまで志を遂げ、人心をして倦まざらしめんを要す」と、同じ思想がみえる。

 

明治の軍人勅諭、教育勅語、戊申詔書は、20世紀前半の日本の国民精神をつくるに多大の役割を果たした。教育勅語には「父母に孝、兄弟に友に、夫婦あい和し・・」と家族基盤を律する言葉を置く。戊申詔書は、日露戦争後の国内の疲弊からの立ち直りを国民の勤勉に求める。「勤倹、業に服し産を治めよ」とする。関東大震災を受けて大正12年11月、国民精神作興詔書で、「国家興隆のもとは国民精神の剛健にあり」と国民に奮起を促した。

 

昭和16年2月、政府は「人口政策」を発表し、日本民族としては、まず人口増殖ノ基本的前提トシテ不健全ナル思想ノ排除ニ努ムルト共ニ健全ナル家族制度ノ維持強化ヲ図ルコト」が肝要とした。戦後のベビーブームは、この昭和16年人口政策の予期せざるところであったろう。昭和30年1億人への人口目標は達成さる。平成の今、出生率の低迷に悩むとき「健全なる思想、家族」は、国民こぞって反省し追及すべき事柄であろう。

 

 現在の西欧・新興国諸国の出生力低下の状況を見ると、個人主義の行き過ぎ、種族維持へのモラルの低下などが、目に余るものに至っていることがわかる。北欧・仏などに移民・モラル破綻で出生率の数値は持ち直しているかに見えるが、少子化に変わりない。むしろアジア・アフリカ・アラブなどの民族思想に今後の人類としてよるべき規範が存しよう。日本民族もまた、民族固有の特徴を取り戻す必要がある。国民精神の脆弱化、戦後民法などの戦後改革の誤りをただす時に来ている。

 

4.女性性の尊厳と民族での役割

 

日本は「女なくては明けぬ国」といわれる。天照大神は、もとより女性で、歴史上の人物としても卑弥呼は、混乱する古代社会を鎮め、神功皇后は、日本を守った。北条政子は、源氏を継ぎ、武家社会をつくる。民族盛衰が問われている平成の日本にこそ、日本のジャンヌダルクが出現して当然と思う。

 

 平成11年に成立した男女共同参画社会基本法は、女性性の真の尊厳を認めず、男性性の後追いばかりに嫉妬心を煽り、出生率低下の最大の要因になっている。出生率が上がらないのは、女性が、出産に前向きの気持ちを持たないことによる。男女共同参画法は、女性の後ろむきの生き方を、後押ししている。一刻も早く廃棄すべきである。

 

 筆者は、思う。国のリーダーは女性でも男性でも優れた人がやればいい。でも、男性性の生き方と女性性の生き方とは違う。21世紀の現代社会にふさわしい女性像を打ち立て女性群を指導していく女性の指導者は、総合の指導者、男性性の指導者とは別に社会に存在していい。出生率アップには、男性性と女性性の役割が違うことを明確に認識することが、第一に必要なことだ。総合の指導者と男性性の指導者と女性性の指導者が3種類あってしかるべきだし、そういう社会制度を考え出さない限り、出生率はアップしない。今、欧米で流行している同性婚の認知など、人類衰退の確実な道筋の一つというべきである。

 

 若い人たちの低い経済力が、結婚を許さないのだという向きが多いが、「貧乏人の子だくさん」という如く、子供を持つ持たないは、経済力があろうがなかろうが、優先することだ。本源的、本能的なことである。社会の制度、慣習等は、逆にそれに合わせなければならない。家族基盤、地域基盤、職域基盤が確立していて、はじめて国家があり、社会がある。「一身独立して一国独立す」(福沢諭吉)という。

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 最近のニュースでは、卵子老化・早婚奨励を教えようとした政府の女性読本の発刊が、慎重派の意見で、見送られたりしている。堕胎、避妊を抑えることは大事だが、その前に、女性性が種族維持に決定的な役割を持つことの認識を広め、深めることが大切である。情報化時代に入って人々の労働機会は、むしろソフト化重視の方向に行き、男の力仕事より、女の情感仕事の方が、重きをなしてくる。そういう意味では女性の社会進出は決定的に大きくなるのだが、だからこそ、ある出産適齢年齢の「専業主婦」は、大いに奨励されるべきであり、男性労働に対する家族手当的報酬は、維持されるべきである。

 

5.おわりに

 

 最近、日本の政治でも出生率向上を明確な政治課題に挙げる向きが出てきている。山形県の吉村美栄子知事は、選挙公約に出生率の向上を上げ、三重県の鈴木英敬知事も県政課題にあげている。福井県は、出生率が、全国の中で相対的に高いことを誇りにして、国土形成計画・広域ブロック計画の中で課題化している。国会の政治家にも目立って子沢山の政治家がいて頼もしい。

 

 津和野が生んだ維新政府の幕臣・西周は、軍人勅諭(明15)でいう。「国家を保護し、国権を維持するは兵力にして、兵力の消長は、国運の盛衰なり」。国家精神作興詔書(大正12)は、「国家興隆のもとは国民精神の剛健にあり」という。子供もろくに作り育てられない平成日本のなよなよした社会を、先祖先輩たちは、泉下で嘆いていることであろう。国民精神の剛健、特に女性性の女性としての責任と勇気が、肝要だ。「勅語」、道徳教科書、宣言など上からの働きかけでは、限りがある。億兆一心、政治家、宗教家、思想家、教育界、実業界などなどの指導層に導かれて、国民あげての精神運動によるべきであろう。脱少子化の国土計画が、まず望まれる。

 

 

(以上)

 

4ページ、100行x36字=3600字


 

新3.ひるまず核エネルギーを使いこなそう(百華寄稿;平成24年12月)

百華寄稿(随想)

 

ひるまず核エネルギーを使いこなそう

 

平成24年8月27日

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

1.はじめに

 

弱った、弱った。 原発の津波被災から生じた「脱原発」の動きは、小生にとっては思いもよらぬ方向だった。我が国の国土計画は、国土形成計画(平成20年7月)まで一貫して地味ではあるが、原子力発電の推進を支持してきた。旧国土庁OBとして国土計画にも携わった者としては、どう考えていいのか、昨年3月11日の震災津波以来、頭を悩ませてきた。個人的な経験を交えて感ずるところを表したい。

 

2.原発は、当然の開発である

 

 昭和48-52年まで、小生は、旧建設省から出向して福島県庁に奉職した。ちょうど福島の東電原子力発電基地が建設の真っ最中であった。直接の担当でこそなかったが、所属する部局は、原子力の安全性を県として考えていく部署であった。

 国も県も、東電にとっても、原発の立地政策が、今回の津波被災からすぐ「脱原発」に走るような、そんなやわなものであったとは思わない。日本では、昭和41年(1966)に茨城県東海村で第1号の原子力発電が運転されて以来、九電力を中心に建設、安全性の向上が図られてきた。福島に原発銀座を形成するに十分な、開発の確実性、安全性に自信を持っていた、といえる。

1905年、アインシュタインのE=mc2の特殊相対性理論が生まれ、1942年、フェリミの核分裂エネルギーの利用可能性が唱えられ、原発は、十分、実用化の試練を経た科学であり技術になっていた。世界的に認められてきたものだ。

もとより核エネルギーは安全なエネルギーではない。安全性の向上にいくらでも改善を加えていかなければならない存在だ。人類文明への恵沢からいって、これからも大いに実用化を進めていくべき科学であり技術である。「脱原発」はない。「原発発展」のみである。

 

3.津波被災をどう考えるか、評価は慎重に、しかし東電はよくやった

 

昨年3月11日、12日、13日とテレビに噛り付いて、東電の現地技術陣の津波被災からくる冷却電源喪失への対応を見守っていた。無事に抑えてくれるのではないか、との期待があった。

むしろ、大地震・大津波の第1報を聞いたときは、宮城県の東北電力/女川原発が無事か、心配であった。太平洋沖の地震・津波の範囲が、南に大きく連動して広くなっていた。福島浜通りは、リアス式海岸でない。高台でもある。福島の海岸はそれなりに安全を見込んで立地選定があった、といえよう。しかし、1000年に一度といわれる大津波が来て、それも甘かったといわれれば、そうかもしれない。

施設が艦砲射撃を受けたような被害にあった中で、現場の技術者たちは、きちんと原子炉を止め放射線の散逸もおそらく最小限にとどめえた、と言えよう。なぜ水素爆発(建屋のであって炉の爆発でない)が起きたのか、まだまだ検証が必要であろう。古い型式の原子炉であったことの差異はどう考えるのか、簡単に結論は出ないかもしれない。十分な世界あげての検証が、必要であろう。

震災以来、東電側の弁解の機会は、公開の場では、実際には、ほとんどなかった、とさえ言えよう。国会でさえ追及に次ぐ追求でしかなかった。被災から1年半、いくつかの政府調査等が出ているが、筆者は、本当の評価は、これからであると思っている。

 

それにしても、その後、全国的に原発稼働の継続停止にひるんだのが、不思議だ。点検は当然としても、千年震災津波の被害以外、無傷だったのに、なぜ全国的に稼働を止めなければいけなかったのか。アメリカは、スリーマイル島事故のあと新設は避けたが、稼働率の向上に集中し、成果を上げ、今、オバマ大統領は建設にも踏み切ろうとしている。ヨーロッパの一部の左翼的動きは別にして、世界的には原発建設は促進される。

 

4.低量放射線の影響のとらえ方

 

 核エネルギーは怖い。我が国は原爆で一瞬にして数十万の人々が、命を奪われた。それと、今回のように低量放射線の地域散逸とは、まったく事情が違う。放射線が発癌につながるかどうか、広範な科学的検証が必要である。とくにどの段階から具体の被害が出るのか、見極めることが政治の場面では大事である。

 政府は間違った。いたずらに低量放射線による発がんの恐れを誇張して、国民の不安を煽る方向に進んでしまった。むしろ危ない線を基準として打ち出し、避難等をなるべく少なくし、放射線恐怖症を払拭する措置を講じるべきであった。多くの学者、専門家が低量放射線で「健康にすぐに影響するものでない」と言っている線を、危険ラインにして人々を不安におとしめ、不要な避難生活を強制したのは間違いである。人によって用心に用心を構えることがあってもいい。しかし、勇気をもって住み続ける人も多いはずだ。第一、被災から1年有余をこえても原子炉周辺で復興作業をしている数千人の人がいる。その人たちの勇気と、そして安全性こそ忘れてはならない。

 

 政府は間違ったと筆者は、思うが、こうなった背景には、やむ得ない要素もある。近藤宗平氏の「人は放射線になぜ弱いか」(講談社:ブルーバックス)は、筆者のような素人にもよくわかるように、その辺りの事情を教えてくれる。1958年、国連科学委員会は、「直線しきい値なし仮説」を、反対を押し切って国際的合意として採用した。

自然界には放射線は十分、多く存在し、人間も動植物も生存し、DNA等は十分、対抗力がある。原発事故の放射線はゼロであるべきとの間違った考え方とその影響は、まだ是正されていない。我が国には、多くの原爆被爆者の協力で、低量放射線の人体への影響に貴重なデータが蓄積されたが、まだ正当に使われていない。

 

福島の浜通りの地域が、完全復興することを、福島県に奉職した者として心から願わざるを得ない。そのためには、早く避難強制措置を撤回すべきであろう。原発安全モデル地域、廃炉モデル地域として、復興が望まれる。

 

5.トリウム原子力の開発

 

 故・古川和男博士は、一生を我が国のトリウム原子力の開発に捧げられた。昨年3月、震災の直後、ひょんな縁から先生のご自宅にお邪魔してお会いすることができ、その後、小生もトリウムの勉強をした。ウラン原子力に代わる安全で、使いやすい原発の開発が、やっと認められようとしたところで昨年12月、急逝された。原子力は、ウランばかりでない。トリウムの賦存量はウランを上回る。おそらく中国、インドなど新興国はトリウムにも注目して開発をしてくるだろう。

 

 世界も我が国も核兵器との連動性が薄いトリウムを原子力利用の多様性、発展の観点から、その開発、実用化を図っていくべきである。

 

6.原子力と国土計画

 

 自然エネルギーなどの開発も大事であろう。しかし、核エネルギーの圧倒的有利さからいっても、石炭・石油・天然ガスなどの既存資源の豊富さが一定期間、あっても、原発は中長期的に開発が進められるべきと筆者は思う。

むしろ、世界と日本の問題は、新しい産業など大量かつ強力なエネルギーを使う需要の開発・拡張が遅れ、原子力をはじめエネルギーに対する需要不足に陥るであろうということだ。つまり供給過剰が、心配ということ。とくに「西洋(日本、新興工業国も)」の諸民族の出生率の低下と厭世的な思想は、文明の脆弱化につながりかねない。人類というスケールでの活力の復活をにらみながら、我が国でも、原発などの核エネルギーの活用と国土の一層の発展を考えていくべき時になっている。国土計画の中に原子力の一層発展した活用の構想を組み込んでいくべきである。

 

 残念ながら、今現在の我が国の政治の向かう方向とは、ちがっている。のちのち臍をかまないようにしたいものである。付け加えて、福島原発の津波被災にかこつけて東電国有化を図ろうとする政治には、反対する。敗戦の後、電力再建で松永安左衛門は、国有電力に体を張って抵抗し、ブロックごとの民営電力会社を作り上げた。ここで、一部、一時かもしれないが、電力国営化のような動きには、十分な警戒がいる。原子力発電は、十分、民間でコントロールできるという実績を戦後日本は残してきた。信頼して、今後も任せるべきである。それが、自由と私有財産を守り、明治の5か条のご誓文にいう「官武一途、庶民に至るまで各々その志を遂げ、人心をして倦まざらしめん事を要す」とした日本の民主主義の発展につながるものであろう。

 

7.おわりに

 

原発の開発に関して世界は大きく分かれようとしている。新規開発など積極的な姿勢を見せるアメリカ、フランス、中国、インドなどが一つ。ドイツ、イタリア、北欧などの「脱原発」派の国々が対極にある。日本は、まさか、日独伊の「3国同盟」だけはなってはいけない。

小生は理解お粗末な素人ではあるが、素粒子物理学の発展に興味をひかれる。核エネルギーの活用なくして、なんの文明の恵沢といえようか、と心から思う。

 

(以上)

(平成24年8月27日)(4000字)

民族

新4.「民族倍増計画」(百華寄稿;平成23年12月

「産めよ殖やせよ」で多子若齢化社会を=日本民族倍増計画

 

(平成23年百華寄稿)

 

天本俊正

東京大学経済学部

昭和40年3月卒業

((株)天本俊正・地域計画21事務所)

 

 

1.はじめに 

 

 東日本大震災と原発被災は、国民にショックを与えた。自然の猛威の前に人類という生物もいかにも脆い。人類、数百万年、文明数万年の積み上げも、一瞬の大津波によって多くの人命が飲み込まれ、アインシュタイン以来の科学の成果の原発も見直しをせまられる。それでも人間は、自然の猛威に対抗する手段を、シジフォスの石のように積み上げなおしていくのだろう。

 自然の猛威にもまして恐ろしいのは、人類の思想そのものだ。戦争は数千万人の命を奪い、出生率の低下は、「日本民族が今世紀に半減、来世紀に絶滅」の恐れをまねく。思想戦争を日本民族は戦い続けていけるか?

 

2.日本民族の衰退を許さない

 

 国土計画は、国の将来ビジョンをさぐり基盤整備の方向を定める。国土交通省は、2050年にむけて国土の長期展望作業を行っている。筆者も若い頃、旧国土庁に勤務し、全国総合開発計画の策定に参加したので、今もフォローをしている。人口推測は、2004年をピークに減少とする。国土計画において人口減は不変変数なのか?疑問である。可変変数であり政策の対象で十分、ありうる。 

 

 この20年、わが国のGNPは、減りこそすれ伸びが見られない。「失われた10年、20年」といわれる。盛り返す成長路線が、唱えられ、ビジョンが語られ、悲憤慷慨の維新の英雄が語られる。むなしい。わが国の出生数が年々激減し、再生産が不可能になっているのを国民上げて是正していこう、という主張は少しも見られない。せいぜい子ども手当、出産費用、共稼ぎの苦労に公的扶助を、といったものしかない。それが焼け石に水以上を出ず、むしろ逆効果の策でしかない。

 

 なぜこうなっているのか?社会全体の思想からしてあまりに誤った方向に向かいすぎていて、率直な意見が押しつぶされている。西洋の国々、新興の工業国に共通している。「裸の王様」の逸話ではないが、単純に子孫を残していく、殖やしていく、素直な気持ちが日常生活から不当に排除されている。そこの復活を考えるべきなのだろう。人々が、普通の幸せな生活をとりもどすことよりも、経済成長の数字を追う、国の面子を追う、にとらわれすぎている。

 

3.社会思想が民族繁栄をきめる

 

 アメリカの右翼政治家・パトリック・ブキャナンは、「出産を嫌悪するフェミニズムの跋扈は、西洋の死、白人種の自殺」という。西洋社会・キリスト教社会での出生率減少は、女性が子どもを産むより社会に出て働くほうを選ぶ、その風潮が、主たる原因だとしている。フェミニズムの運動は、この動きを扇動している。政治経済・軍事では、マルクス主義、社会主義は世界的な敗退を喫したが、文化・芸術、思想の分野では、その分派・フランクフルト学派の戦前からの流れが、アメリカ社会に根深く幅広く根つき、無政府社会的、行き過ぎた個人主義を助長した、とする。

 

 筆者は、ブキャナンの見方に賛同するが、しかし、現実、アメリカは移民の国の伝統から人口は増加しつつあり、やがて3億人の大台にたどり着く。世界は、アフリカ、イスラムの社会で人口増を支えており、人類としては100億人の大台までの増加が予想されている。韓国、台湾、シンガポールなどの急進・新興工業国は、まったく欧州型、日本型の人口減傾向に陥っている。中国は、一人っ子政策をどう、考えるか、戸惑うが、この10年すぎればわが国以上の高齢化問題が必至だろう。インドは、遠からず世界一の人口大国になる。

 

 科学が発展し技術が伸びて、産業が栄えるからいいというわけではない。人口減、民族衰退の見られる社会は、いかに文化水準が高そうに見えても真に国民が幸福とはいえまい。科学・技術・産業と生活の基礎となる社会思想とが、うまくマッチしない限り、その民族は栄えることにはならないだろうし、構成員たる国民の心からの幸福感というのは得られまい。先鋭的にいえば、行過ぎた個人主義、快楽主義、不当な男女同等思想、無政府主義といった思想は、それがどう文化的仮装をしていようと望ましくない。国民国家として社会からこれを排除する政策、すくなくとも一般国民の生活から遠ざける政策を模索すべきと考える。政治の課題であり、抵抗なく国民が飲み込みやすく噛み砕くことができれば行政の任務にもなる。

 

4.家族が社会基盤;フェミニズムののろい

 

 第2次世界大戦・大東亜戦争のあと、戦勝国アメリカにも敗戦国日本にも猛烈なベービーブームがやってきた。この現象をどう理解するのか。ウンカや飛蝗のようにある自然条件が整えば、大繁殖もありえるといえば人類を冒涜することになろうが、そういうことも、ありえるといいが、・・・・。

 

 わが国は、敗戦によって戦前の民法の体系を放棄させられた。家長・家督制度の廃止が、今日、わが国の家族基盤の崩壊の主因ともいわれる。なにも戦争の結果でわが国の歴史・伝統に基礎をおく社会制度をやすやすと捨てさることはなかった。昭和27年、独立を取り戻すとともに生活のあり方も、いいところはどんどん復古させればよかった、わが国の伝統のお見合いも、男女の社会的な役割分担も、日本民族の肌合いにあった制度に復帰すれば、平成の御世に家族崩壊、結婚忌避、出産率低下も防げたであろう。

 

 戦後の高度経済成長を戦前と同じ家族制度で乗り切れたどうか、は正直、疑問ではある。農業中心から工業、情報と産業の中心が変わってきたのを可能にしたのは、教育や会社組織などの発展とともに家族の構成のあり方、家族束縛からの解放も寄与した面もあろう。したがって全面的に戦前の日本の家制度にもどれとはいわないが、今のわが国の出生率の低下傾向を見れば、思想復古の方向を考えてみるべきだろう。男女共同参画法などの悪法は、一日も早く廃止すべきである(出生率4.0を目標に180度政策転換すれば別だが・・)。男女雇用均等法も行き過ぎた部分を切り捨てるべきだろう。なによりも、今や時代遅れとなったフェミニズム思想を社会的に葬り去ることを国民が自覚しなければならない。

 

 家族は、近代国家が、国民を管理する単位として作り出したという面もあるいは一部あるかもしれないが、やはり人類始まって以来の社会の基礎単位に間違いはなかろう。出生率を向上させ、子孫繁栄を秩序だって確保していくには、日本国民が、自分の体の一部、生命ある組織として、「家族」をいとおしんで、守り育てていくことが必要であろう。ジェンダーフリーで社会破壊を声高に叫ぶ思慮浅い勢力を跋扈させてはならない。

 

5.過剰福祉はアヘン的病魔

 

 人は何故、生きているのか。それはわからない。物理学の最先端、ひも理論は、この世は10次元というが、それでも人の生きる意味は、わかるまい。生物の一種として神より生命を与えられている。子孫を引き継いでいくのが一人一人の使命であろう。ところが最近のわが国の風潮は、社会主義的思想、制度の蔓延である。一番大きなのは、国家による過剰福祉である。

 

 まるで人は「国家」によって生活を与えられているのではないか、そう思え、というほど、年金、医療、生活保護などに社会主義的制度の蔓延している。毎年40兆円にもなる赤字国債の発行に連なっている。人は、国家によって、子どもを産むことから老後の生活まで面倒を見てもらえる、と錯覚しかねない、昨今のわが国の社会保障制度の膨張である。そんな世の中で若者が健全な家族を構成する意欲を失うのは、むしろ当然というべきである。

 

 逆だ。国民が自分で自分の生活を作り、子孫をつくり、その上で、地域社会をつくり、仕事を作っていく。国家は、これを円滑に進めるために人々が統治体として作るもの。すくなくとも近代国家とは、そうあるべき。社会保障の内容を再検討し、自立する国民による構成を前提に、これを大幅に削減すべきである。今や毎年100兆円にも達する社会保障費は、一部やむをえないものを除き、全廃すべきである。福祉亡国論ということになろうが、赤字国債による際限のない福祉膨張は、アヘン的病魔に国民全体、社会が犯されているというべきだ。このような社会で、子孫が生まれるわけがない。

 

6.税制・労働法を出生率向上にあわせる

 

 わが国の出生率の危機的低下は、女性の就労が正しく考えられていないことに主因がある。男性が、国を守り生産の主力を担い、女性は子孫を産み生活の基礎を支えることが、主任務である。男女の差は、種族を維持していくに必要だ。社会は、男女ともに、協力で作っていく。政治的権利、教育・科学の権利など男女は平等である。自由社会では、自分の意思で、社会の中で、男女とも自分の役割を探していくのは当然である。しかし、一般的には男女の役割は違っている。

 

 これにあわせた労働体制が、社会的に作られるのは当然である。会社の給与体系も家族給を標準とし、一家の長が、真面目に働けば、妻は出産・育児に原則として専念できる、そういう給与体系を社会として推奨していくべきである。女性が、出産・育児適齢期に就労から一定程度、身を引くのは当然である。昨今、むやみやたらと男女同等の権利としての就職条件、勤労条件にこだわりすぎるのはどうか、と思う。高等教育の場で女性が、男性と違った条件、例えば出産育児も考慮した長い就学期間の設定、成績の評価も違った扱いがあってもいい。

 

 知人のF氏いわく「天本さんのいうことも尤もだが、自分の娘に学校辞めて子どもを生めといえますか?」そうではない。子どもを産んで学校にも行く、男子就職のために作られた大学でなく、女子が子どもをたくさん産みながら学校に行けるシステムを社会として作り上げていかねばならない、ということだと思う。

 

 家族基盤が国家の基礎となれば、税金も家族給給与を前提にして、扶養手当、配偶者控除等を厚く見るべき。相続税は原則、廃止すべき。一般消費税は、経済の価格体系を壊すだけで福祉税など偽りの仮面だ。

 

 いろいろな制度で女性の出産責務を尊重していくことはいくらでも実現できることである。日本民族の伝統と歴史、習俗・慣習を尊重して、しかも世界的な指導国家になることを目標にする政党が、育っていき、政権をとることができ、国民運動がこれを支えるなら難しいことではない。世界で政府、政党が、国民に働きかけている例としては、アメリカ保守勢力の堕胎反対、韓国政府が民放にオフィスレディ美化番組の自粛を要請しているなど、ある。

 万葉の世に「白金も黄金も玉もなにせむに子に勝れる宝しかめやも」と山上憶良は詠んだ。あらゆる制度、経済、文化などの改善・改革に先立って、種族維持のモラルが強く生きている社会が、最も賢いこれからの社会であろう。

 

7.おわりに

 

 我が家を振り返ると一男一女に恵まれはしたが、かならずしも孫の世代は、無事につながっていけるか、心もとない。日本民族のいやさかを祈るが、我が家も幸せの訪れることを願ってやまない。

 最後に、人類が増えすぎると地球が持たない、と心配性で遠慮深く考える人のためにひとこと。科学者の故オニール教授(プリンストン大物理)は、「宇宙まで進出した人類は200兆人まで殖える」と計算しているのだ。がんばろう。

 

(以上)(約5000字)

平成23年8月17日

 

約90行*55字=5000字

参考

人口政策確立要綱
昭和16年1月22日 閣議決定

第一、趣旨
東亜共栄圏ヲ建設シテ其ノ悠久ニシテ健全ナル発展ヲ図ルハ皇国ノ使命ナリ、之ガ達成ノ為ニハ人口政策ヲ確立シテ我国人口ノ急激ニシテ且ツ永続的ナル発展増殖ト其ノ資質ノ飛躍的ナル向上トヲ図ルト共ニ東亜ニ於ケル指導力ヲ確保スル為其ノ配置ヲ適正ニスルコト特ニ喫緊ノ要務ナリ

第二、目標
右ノ趣旨ニ基キ我国ノ人口政策ハ内地人人口ニ就キテハ左ノ目標ヲ達成スルコトヲ旨トシ差当リ昭和三十五年総人口一億ヲ目標トス、外地人人口ニ就キテハ別途之ヲ定ム
一、人口ノ永遠ノ発展性ヲ確保スルコト
二、増殖力及資質ニ於テ他国ヲ凌駕スルモノトスルコト
三、高度国防国家ニ於ケル兵力及労力ノ必要ヲ確保スルコト
四、東亜諸民族ニ対スル指導力ヲ確保スル為其ノ適正ナル配置ヲナスコト

第三、右ノ目的ヲ達成スル為採ルベキ方策ハ左ノ精神ヲ確立スルコトヲ旨トシ之ヲ基本トシテ計画ス
一、永遠ニ発展スベキ民族タルコトヲ自覚スルコト
二、個人ヲ基礎トスル世界観ヲ排シテ家ト民族トヲ基礎トスル世界観ノ確立、徹底ヲ図ルコト
三、東亜共栄圏ノ確立、発展ノ指導者タルノ矜持ト責務トヲ自覚スルコト
四、皇国ノ使命達成ハ内地人人口ノ量的及質的ノ飛躍的発展ヲ基本条件トスルノ認識ヲ徹底スルコト

第四、人口増加ノ方策
人口ノ増加ハ永遠ノ発展ヲ確保スル為出生ノ増加ヲ基調トスルモノトシ伴セテ死亡ノ減少ヲ図ルモノトス
一、出生増加ノ方策
出生ノ増加ハ今後ノ十年間ニ婚姻年齢ヲ現在ニ比シ概ネ三年早ムルト共ニ一夫婦ノ出生数平均五児ニ達スルコトヲ目標トシテ計画ス
之ガ為採ルベキ方策概ネ左ノ如シ
(イ)人口増殖ノ基本的前提トシテ不健全ナル思想ノ排除ニ努ムルト共ニ健全ナル家族制度ノ維持強化ヲ図ルコト
(ロ)団体又ハ公営ノ機関等ヲシテ積極的ニ結婚ノ紹介、斡旋、指導ヲナサシムルコト
(ハ)結婚費用ノ徹底的軽減ヲ図ルト共ニ、婚資貸付制度ヲ創設スルコト
(ニ)現行学校制度ノ改革ニ就キテハ特ニ人口政策トノ関係ヲ考慮スルコト
(ホ)高等女学校及女子青年学校等ニ於テハ母性ノ国家的使命ヲ認識セシメ保育及保健ノ知識、技術ニ関スル教育ヲ強化徹底シテ健全ナル母性ノ育成ニ努ムルコトヲ旨トスルコト
(ヘ)女子ノ被傭者トシテノ就業ニ就キテハ二十歳ヲ超ユル者ノ就業ヲ可成抑制スル方針ヲ採ルト共ニ婚姻ヲ阻害スルガ如キ雇傭及就業条件ヲ緩和又ハ改善セシムル如ク措置スルコト
(ト)扶養家族多キ者ノ負担ヲ軽減スルト共ニ独身者ノ負担ヲ加重スル等租税政策ニ就キ人口政策トノ関係ヲ考慮スルコト
(チ)家族ノ医療費、教育費其ノ他ノ扶養費ノ負担軽減ヲ目的トスル家族手当制度ヲ確立スルコト
之ガ為家族負担調整金庫制度(仮称)ノ創設等ヲ考慮スルコト
(リ)多子家族ニ対シ物資ノ優先配給、表彰、其ノ他各種ノ適切ナル優遇ノ方法ヲ講ズルコト
(ヌ)妊産婦乳幼児等ノ保護ニ関スル制度ヲ樹立シ産院及乳児院ノ拡充、出産用衛生資材ノ配給確保、其ノ他之ニ必要ナル諸方策ヲ講ズルコト
(ル)避妊、堕胎等ノ人為的産児制限ヲ禁止防遏スルト共ニ、花柳病ノ絶滅ヲ期スルコト
二、死亡減少ノ方策
死亡減少ノ方策ハ当面ノ目標ヲ乳幼児死亡率ノ改善ト結核ノ予防トニ置キ一般死亡率ヲ現在ニ比シ二十年間ニ概ネ三割五分低下スルコトヲ目標トシテ計画ス此ノ目的達成ノ為採ルベキ方策概ネ次ノ如シ
(イ)保健所ヲ中心トスル保健指導網ヲ確立スルコト
(ロ)乳幼児死亡率低下ノ中心目標ヲ下痢腸炎、肺炎及先天性弱質ニ依ル死亡ノ減少ニ置キ、之ガ為都市農村ヲ通ジ母性及乳幼児ノ保護指導ヲ目的トスル保健婦ヲ置クト共ニ保育所ノ設置、農村隣保施設ノ拡充、乳幼児必需品ノ確保、育児知識ノ普及ヲ図リ、併セテ乳幼児死亡低下ノ運動ヲ行フコト
(ハ)結核ノ早期発見ニ努メ産業衛生並ニ学校衛生ノ改善、予防並ニ早期治療ニ関スル指導保護ノ強化、療養施設ノ拡充等ヲナスト共ニ各庁連絡調整ノ機構ヲ整備シテ結核対策ノ確立徹底ヲ期スルコト
(ニ)健康保険制度ヲ拡充強化シテ之ヲ全国民ニ及ボスト共ニ医療給付ノ外予防ニ必要ナル諸般ノ給付ヲナサシムルコト
(ホ)環境衛生施設ノ改善、特ニ庶民住宅ノ改善ヲ図ルコト
(ヘ)過労ノ防止ヲ図ル為国民生活ヲ刷新シテ充分ナル休養ヲ採リ得ル如クスルコト
(ト)国民栄養ノ改善ヲ図ル為栄養知識ノ普及徹底ヲ図ルト共ニ栄養食ノ普及、団体給食ノ拡充ヲナスコト
(チ)医育機関並ニ医療及予防施設ノ拡充ヲナスト共ニ医育ヲ刷新シ予防医学ノ研究及普及ヲ図ルコト

第五、資質増強ノ方策
資質ノ増強ハ国防及勤労ニ必要ナル精神的及肉体的ノ素質ノ増強ヲ目標トシテ計画ス
(イ)国土計画ノ遂行ニヨリ人口ノ構成及分布ノ合理化ヲ図ルコト、特ニ大都市ヲ疎開シ人口ノ分散ヲ図ルコト
之ガ為工場、学校等ハ極力之ヲ地方ニ分散セシムル如ク措置スルモノトス
(ロ)農村ガ最モ優秀ナル兵力及労力ノ供給源タル現状ニ鑑ミ、内地農業人口ノ一定数ノ維持ヲ図ルト共ニ日満支ヲ通ジ内地人人口ノ四割ハ之ヲ農業ニ確保スル如ク措置スルコト
(ハ)学校ニ於ケル青少年ノ精神的及肉体的錬成ヲ図ルコトヲ目的トシテ、教科ノ刷新ヲ行ヒ訓練ヲ強化シ、教育及訓練方法ヲ改革スルト共ニ体育施設ノ拡充ヲナスコト
(ニ)都市人口激増ノ現状ニ鑑ミ特ニ都市ニ於ケル青少年ノ心身ノ錬成ヲ強化シテ之ヲシテ優秀ナル兵力及労力ノ供給源タラシムルコト
(ホ)青年男子ノ心身鍛錬ノ為一定期間義務的ニ特別ノ団体訓練ヲ受ケシムル制度ヲ創設スルコト
(ヘ)各種厚生体育施設ヲ大量ニ増加スルト共ニ健全簡素ナル国民生活様式ヲ確立スルコト
(ト)優生思想ノ普及ヲ図リ、国民優生法ノ強化徹底ヲ期スルコト

第六、指導力確保ノ方策
指導力確保ノ方策ハ東亜共栄圏内ノ各地域ニ於ケル政治、経済、文化等ノ各社会ノ指導ニ必要ナル内地人人口ノ配置ヲ目標トシテ計画ス
之ガ為採ルベキ方策概ネ次ノ如シ
(イ)日満不可分関係強化ノ趣旨ニ則リ人口ノ一定割合ニ相当スル内地人人口ヲ其ノ地域ニ移住セシムルコト
之ガ為一層大規模ノ総合的移民計画ヲ樹立スルト共ニ、日満ヲ通ジテ之ガ遂行ニ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス
(ロ)其ノ他ノ東亜共栄圏ニ対シテモ其ノ指導ニ必要ナル内地人人口ノ配置ヲナス為之ニ必要ナル移民計画ヲ樹立スルコト

第七、資料ノ整備
一、人口ノ動態及静態ニ関スル統計ヲ整備改善スルコト
二、国民体力法ノ適用範囲ヲ拡張シ其ノ内容ヲ充実スルト共ニ其ノ他ノ体力及保健ニ関スル資料ヲ整備充実スルコト

第八、機構ノ整備
一、人口問題ニ関スル統計、調査、研究ノ機構ヲ整備充実スルコト
二、人口政策ノ企画、促進及実施ノ機構ヲ整備充実スルコト

 

 

 

 

1.「子沢山・若返りの国土を」(百華寄稿:平成21年11月)

子沢山・若返りの国土の構想を;百華寄稿(随想)

 

子沢山・若返りの国土の構想をー貧乏も覚悟の国民ビジョン

平成21年9月2日

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

1.はじめに

 

  福岡から上京組の高校同窓生もみな老いた。集まると意気上がらぬ世間話ばかりだが、孫がいる奴が滅多にいない。娘・息子の結婚が進まず、孫を産んでくれぬ。自分の墓もあやしいもので、散骨かという。何かおかしく、悲しくないか。もやもやと反発したい気持ちがわく。

 

 男女共同参画白書の調査で「夫は外で働き、妻は家庭」に賛成する割合が減少している、という。評論家などは男女共同参画法制定から10年の「成果」が現れている、という。筆者には、出生率が1.29という再生産不可能水準に停滞し、今世紀中に日本民族半減、来世紀に絶滅ともいわれるなかで、憂うべき風潮にしか思えない。

 成人女性が、4人5人の子供を産むベビーブームの再来を今こそ国民挙っての課題にしなければならない。旧建設省OBで長期ビジョンの策定に携わった小生には、昨今の「少子高齢化社会」を唯々諾々と受け入れ、国家経済・文化の、その実、衰亡の道を覆い隠す世相の動きになんともやりきれないものを感ずる。

 老いぼれの戯言に近いが、わが国の採るべき人口政策(社会思想)、財政・経済政策の方向を論じてみたい。この総選挙の結果は、政治も大きく変わることになった。民族再生の論議を期待したい。

 

2.人口政策(社会思想)

 

 なぜ戦後の日米欧に世界的なベビーブームが起きたのか、確たる論証はできていない。昨今の先進国、新興国での出生率の低減の要因も決め手はない。筆者は、女性の職場進出が、もちろん社会的にプラスの評価の面が強いが、同時に晩婚化、少子出産の強い要因になっていると思う。

 

 昭和16年1月閣議決定の「人口政策確立要綱」には、日本民族の誇りを尊び、出生力高揚のための婦人労働のあり方、堕胎の禁止、産児制限の抑制などがあげられていた。今、平成でもまずこの政策の踏襲を考えてみるべきだ。男性と女性では社会的役割も自ずから異なってしかるべきで、伝統的に歴史的に男性の優位な職場環境があるのはやむをえないし、日本の女性は、少なくとも家庭の場では断然、強い立場にある(ちなみに我が家の実感は独裁政権下・・・)。

 女性が、政治的に対等はもちろん、教育・研究・科学・文化などの分野での活躍は当然。ただ、4〜5人の育児を行い、家庭を守っていくのが、普通の一般女性の大役であるならば、「夫は外で働き、妻は家庭」は当然の社会規範である。マイナス的にとらえる男女共同参画法の体系は一日も早く撤廃すべきだ。20歳超の女性の就業をむしろ抑制し、また就業者には婚姻を勧める、そういう企業社会の倫理が、社会として助長されるべき時にある。大学も女性の就学期間は、在学中結婚を前提に倍の8年でも12年でもいいではないか。「お母さんから大臣、博士、社長」がいい。

 

 数学者・藤原正彦氏は「恋愛結婚は日本人に不向きな形式、見合い結婚の復活が少子化対策に役立つ」(週刊新潮21.6.4)としている。そのとおり。日本民族の培ってきた文化、習慣、風習などがどんどん廃れつつあるのは、いかがか。行政の出る幕はなかなか難しいかもしれないが、少なくともまず、男女共同参画や、行き過ぎた個人主義助長の行政関与をやめるべきだ。最近は、プライバシー保護とかにかこつけて人と人とのつながりを希薄にさせるファッショ的行政関与が多すぎる。角が立ちすぎる。地方自治は、国民生活の基盤作りの諸施策について民族再生へ方向切り替えを早く行うべきだし、政治も指導性を発揮すべきときにある。企業に出生力確保の就労条件をのませる、例えばことぶき退社の奨励、子育て終了後の再雇用、子育て中の柔軟な勤務条件などを奨励・促進するのは、立派な政治・行政の仕事だろう。

 

3.財政・経済政策

 

 家族・親族、地域のつながり、職域のまとまりが希薄になり、それが国の福祉政策の役割を大きいものにしている。しかし、福祉が肥大するがゆえに家族・地域・職場のつながりが薄くなっている面も強い。個人主義の行き過ぎにもつながるものが出てきている。小生個人も、弱い存在でいよいよとあれば国の福祉にすがりたい気持ちも正直あるが、やはりそれはだめなのだと一生懸命打ち消そうとしている。みんなそんな思いなのだろう。

 老後を公的年金、介護保険、いよいよとなったら生活保護を国民すべてが当てにするようになっては、国は終わりだ。それが最近の日本の財政の破綻の最大の理由となっている。公的年金は、民営化に転換すべきである。自己責任で老後を組み立てる。その姿勢が、家族・地域・職域などの人と人との繋がりを強いものにする。家族を作り子孫をつないでいく、その糸を切るような福祉の肥大は、たとえ選挙の票を失うとも、国の政治は主張してはいけない。福祉予算を大幅に削減すること、これこそ国民の自覚を促す、そして出生力も回復する秘策だ。

 

 それにしても800兆円の国債ほかの国の借金はどう考えるべきか。国の借金も、多くてもそれに見合う国家資産、国民資産がきちんと対応していれば不健全とはいえまい。福祉のために、利子を払うために国債を無制限に発行することは許されない。国家には、国富というものがある。公的な国富調査も行われている。国富の中で中央政府が影響を及ぼしうる範囲で、国債の量的制約を課すことにすべきである。建設国債、資源国債、特許などのソフトに着目した国債、文化資源,リサイクル資源などに使途・目的を限定し、経済の振幅にあわせて国富も内容、評価等が変化するものであるから、その管理に適正を期すべきである。現在、国民の貯蓄は、都市銀行などを通じてあらかた国債に化けており、国債が「紙切れ」に変貌する可能性は大いにあるのだ。賢い財政当局を国民自身が自分のこととして考え出さない限り、泣きを見る。

 

 金本位制ならぬ「国富」本位制で国債・通貨を管理すべきだ。福祉のための赤字国債は原則許されない。今すぐにでも年金会計での赤字国債は中止すべきだし、場合によっては中央政府の管理からはずして道州制設立の暁には、各道州に年金会計の管理を暫時まかせ、年金民営化につないでいくべきである。国家に生活の基本をみてもらうなどのさもしい姿は、私有財産制と自由を尊重する国柄にあうものではない。国家の管理がきちんとしていることと出生力も強い家族基盤の確立は、民族繁栄の両輪である。

 

 女性労働の一定の制約(家庭つくり・育児第一)は、日本経済の労働力の一時的減少を招き、また、そもそも今の少子化傾向から来る労働力不足、現在の中堅世代の気迫不足などから、日本の中期的経済は、残念ながら後退に次ぐ後退かもしれない。それでもいいではないか。家族・地域・職域の基盤が若返り、文化や科学・教育などで諸外国に遅れをとりさえしなければ、それでいいではないか。気概をもって独立・日本でやっていければいい。それが、貧乏覚悟の国民ビジョンである。

 

4.平成の御世の若返り

 

 今年は、平成天皇ご即位20年の記念すべき年である。国民こぞってともかくも平和裡に暮らしができていることを寿ぎたい。皇室のいやさかのために、懸案の旧11宮家の復活、皇室財産の返還(帝室林150万ヘクタール返還など)の制度改正もあってほしい。皇室の繁栄は、日本の伝統と歴史、慣習、風土の復活にも繋がり、日本民族としての再生に不可欠である。

 

5.おわりに

 

 昨年9月のリーマンショックに始まる世界不況は、この半世紀の世界のあり方、考え方に大いなる反省を促しつつある。行き過ぎた市場原理主義、行き過ぎた個人主義(おかしなことに今や忌まわしく思われがちの社会主義思想に通じている)への大いなる反省だ。今こそ日本文化と日本民族の特性を国を挙げ、国民を上げてとりもどすことで、世界にユニークな存在になりうる。わが国の歴史と伝統を振り返り、そこに立脚して「産めよ殖やせよ」の国土ビジョンを持つことが、大事であろう。GNPや経済指標で不本意なことになるかもしれないが、それは覚悟の上のことにしよう。

 

 男には女の気持ちはわからない。歴史や今までの社会が男性優位のように見えるのかもしれないが、そうではない。日本の祖神・天照大神にしろ卑弥呼にしろ男支配で乱れた治世を平らかにしてきた。女性の気持ち、プライドを満たす制度・仕組みを作るのが、日本の出生率アップの秘訣なのかもしれない。

 

(以上)(3800字)

 

 

 

2.「”70歳徴兵制”の勧め」(百華寄稿:平成15年11月)

「70歳徴兵制」の勧め;百華寄稿(随想)

 

 

「70歳徴兵制」の勧め

 

天本俊正

(経済学部;昭和40年卒業)

 

 別に私は軍国主義者のつもりではない。「70歳徴兵制」、なんて馬鹿なことを・・。「アニーよ、銃を取れ」でなく「老人よ、銃を取れ」か。今、わが国の最大の課題の一つが高齢少子社会の到来である。社会政策としてきちんと対応し、国民が希望の持てる解決策を示せなければならないのだが、名案は少ない。多少風変わりでも思い切った新しい社会制度を考えて道を開くべきだろう。恥を忍んでの一つの提案である。

 

1.提案の主旨

 

 70歳になった男子40万人に1年間の兵役、訓練を施す。義務制が望ましい。愛国心を養い、万一、国土が戦場になった時には、高齢者といえども最低限の防衛戦力となるよう訓練をする。平時においても後方防衛として雑務などを処理できるように、パソコン、自動車運転などの技術を習得し、看視業務など軽易な任務につく。この間の年金の支給は停止する。この制度により愛国心の高揚を図るとともに、高齢者が、体力、気力の許す限り働けるように、訓練の機会を与えるものだ。

 ただ、訓練が主体で即・現役軍人となる「徴兵」は、正確な用語でない。いわば「シニア予科連」への義務入隊制度ということか。

 

2.制度の内容、予算など

 

 「軍事費」での予算措置だが、年金の支給停止、医療費の節減効果を考えれば、予算はやりくりできる。国土愛護活動などをあわせ行えば、林野、環境、土木などの予算からも回せる。

 ボランテアでは、しまらない。良心的兵役拒否が、ドイツでは35%あるというが、老人の生きがい、健康促進、老人医療の進歩を関連して考えれば、志願制にしても案外に参加は多いはずだ。

 全国、ブロック単位程度にキャンプを新たに建設する。5万人の8箇所。これはなかなかの新都市づくりに匹敵する規模である。

 キャンプ建設費2兆円、訓練指導員3万人、医者・看護婦1万人、毎年の運営費1兆円。そこそこの経済活動である。

 

3.制度の背景

 

  70歳徴兵制は、必ずしも非現実的な提案でないことを説明したい。

 

1)スイスの国民皆兵など

 スイスでは65歳まで、毎年、一定期間の兵役訓練が国民に課されている。5年伸ばせ「70歳徴兵制」だ。日本は世界最高年齢国だから70歳でもよい。

 スエーデンでは、有事に全男児を徴兵し戦闘の軍務に就かせると言う。

 アジアに目を転じれば、わが国の周辺国はみな国民への兵役はきつく、軍事大国ばかり。最近の報道では、マレーシアは、来年から義務兵役制度を導入、18歳の男女10万人が兵役に着くという。徴兵期間は、射撃訓練など軍事訓練1ヶ月、軍事教育2ヶ月。お隣・韓国は、20歳になれば26ヶ月の兵役の義務を皆が負う。日本は、それでも15万人の精鋭の自衛隊員(志願)があって、超高齢者40万人の訓練を行う軍事的な必要性など毛頭ない、というのが防衛関係者の「反応」であることは容易に想像がつく。訓練を引き受けるなどの余裕もないであろう。しかし、戦争の形態は、国際テロを主とするものに変わりつつある。国民防衛の観点からも、高齢化国家の日本が、高齢者の具体の防衛参加を検討すべきと考える。

 

2)アメリカ・ルーズベルト大統領は、世界不況対策として、国土保全隊を作った。失業に悩む若者の参加を呼びかけた。この1930年代の制度は現実には、短期間、狭い範囲でしか行われなかったが、不況に打ちひしがれる国民の意気高揚には十分だった。平成不況が長く尾を引いている日本で、この時期に、国民意識の高揚を図る方策を考え出すべきなのだ。老後の生活に不安を持ち悩んでいる、あるいは悩むことになる高齢者(なぜなら年金制度の崩壊は遠からずやってくるから)を救う道を探るのは当然の政治課題であり、ここでいう兵役制度に限らず、超高齢者の就業、ボランティアなどの活動を社会的に助長していく制度を考え出すべきだ。

 

3)年金制度が崩壊するおそれがあるのは、インフレとか掛金とかはなくて、残念ながら、日本の若者・中堅層に活力が足りなさそうだからだ。若者・中堅層が、無気力世代になってしまえば、制度の良し悪しではなく、社会そのものが支えられない。そういう嘆かわしい国民精神にしてしまった責任の一端は、その父親層にあたる今の年金受給世代にある。「70歳徴兵制」で心身ともに鍛えなおして、最後まで、若者を支え、社会のために働くのが務め。実はそれが、高齢者自身にとっても幸福な生活でもある。

「働けるのに年金もらうなんて・・」「富裕者は年金を返上しろ」といった巷の庶民の気概のある意見は、多い。むしろ官僚の社会保障、医療対策の方が時代遅れなのだ。例えば、高齢者の医療費無料化などやめて、貧乏で苦労している若い世代の医療費を無料にする考え方こそ真っ当なのだ。

 

4.70歳徴兵制の具体的な訓練内容

 

1)「徴兵検査」;入隊の条件

 70歳男子の全てと言いたいが、健康状態はこの年代ではあまりに格差は開きすぎている。病気のもの、はなはだ健康状態の優れないもの、それに良心的兵役拒否者も除いていい。1年間の休職も出来ない重要職にある者も免除。

 4段階くらいの身体検査をして、4分の3を合格にして入隊・訓練対象にする。甲乙丙種は合格、丁種は不合格。不合格にならないよう60歳すぎたら健康づくりに励もう。

 女性は高齢化しても尊重され徴兵制の対象にはならない。そもそも国防は男の仕事で、子供を産むのは女の仕事だ。

 

2)訓練の分類

 *主として陸軍(陸上自衛隊)において行う。国内での防衛任務を想定する。

 *隊員のための保健体育は老人医療の研究の集大成に則って行われる。

 *初歩的、基本的な銃砲の扱いができるまで訓練する。

 *自動車・特殊車両の運転技能、パソコンの収得、軍事組織行動の記録作成能力、一定の語学能力などを訓練する。目標は、万一の場合、国内での機動作戦の後衛部隊として活動できる能力を獲得すること。

 *行軍訓練を行う。毎日の隊列歩行訓練は、健康を増進する。行軍マーチが流行り、つられて街行く人達の歩く姿まで皆、颯爽とすれば、なんと魅力的な街になることか。

 *1年間の寄宿生活とする。

 *現自衛隊の中に指導体制を作る。大学医療機関の老人医療の最高水準の参加も。

 

 実は、私も勉強不足ですが、自衛隊でも「予備自衛官補」の制度が、最近、新設されている。自衛隊未経験者でも予備自衛官として任用される。ある地方では18歳から51歳(女性も含む)の人たちが、試験に合格して訓練を受けていると報道されている。警備や補給などに携わる「一般」は、50日の教育訓練(3年以内で)、医療や通訳に従事する「技能」は10日の教育訓練(2年以内で)をそれぞれ受けるとか。

 

5.徴兵制に準ずる訓練等について

 

 正直なところ超高齢の70歳の人たちの徴兵が軍事力として役に立つはずはない。70歳にもこだわらない。国防意識を国民に広める意義の方が大切だし、高齢者の社会貢献、生きがいを助長することに意味がある。

いろいろなバリーエーションがあろう。例えば

1)ボランテア参加にとどめる。

2)国土保全隊として主として山地、海岸等の保全任務にあたる訓練部隊を自衛隊の附属機関として構成する。

3)高齢者特別雇用訓練を、参加希望者を全員対象にして、厚生労働省の事業として創設する。あるいは団員不足に悩む消防団を一部、構成する。

などなどの移行形態が考えられる。

 

6.あとがき

 

 日本の高齢化問題の解決は、現状の制度の拡充の上では図れず、「70歳徴兵制」のような抜本的な国民制度の創設によってしかかなえられない。ある意味では死にいたるまで働きたい、役立ちたいという日本民族特有の死生感を反映した制度ともいえまいか。花は散りギハ…といいます。蛇足ながら、少子化対策についても小生は、民族として子孫を殖やそうという気概が肝要で、福祉充実などは、逆効果。出産の奨励、人工中絶の禁止などとあわせて、イエ制度の再生など日本の歴史と伝統に則った家族・地域・国づくりを進めなければ少子化は止まらない、と思っている。

 

 実は、この「70歳徴兵制」のアイデアは、もう何年も小生の頭にあって、飲むたびごとに友人たちに話し、そのつど顰蹙をかってきたもの。だんだん自分自身がこの年齢に近付くと放言もしにくくなってきている。ただ、健康だけは維持して「丙種合格」ぐらいにはなりたいと思うこの頃です。

(以上)

3.「母なき国は暗し」(百華寄稿:平成20年11月)

母なき国は暗し:国土計画に出生力復活の政策を

@


母なき国は暗し;百華寄稿(随想)

 

母なき国は暗し=国土計画に出生力強化を

天本俊正

(東京大学経済学部;昭和40年卒業)

 

1.はじめに

 

大正の終わりに九州大学教授の河村幹雄は詠んだ。「母恋うる心に人は泣くものを母のなき世の近づくくらし」当時、大正デモクラシーで、家庭を出て社会生活を希求する女子が多くなり警句を発したものだ。ある研究会の機関紙で最近、読んだのだが(「国民同胞」平成202月:小柳左門氏)、近年のわが国の出生率が人口再生産の水準を大きく切った1.29という憂うべき状況とイメージが重なり、考えさせられた。

人口学や民俗学、地政学の素養などないので、旧建設省OBで国土計画に多少、携わった役人の端くれとしてある種の感慨として一文を起こしてみたい。

 

2.成り立たない21世紀の日本のビジョン

 

 小泉内閣の最後に内閣府は「21世紀ビジョン」を有識者懇談会でまとめて公表した。数年たった現在、忘れ去られている。2020年にもなると日本の経済的国力は中国に追い抜かれ、さらに2030年にもインドにも抜かれる、といった基調の中で、国民に夢を与えるビジョンがそもそも無理だった。世界と日本のGNP将来推計は、ゴールドマンサックス推計をなぞっている。

 

 国のビジョンの基礎は、国土計画である。戦後日本の国土計画は、重工業の産業振興、土木建築のインフラ整備が柱であった。高度情報時代の国土計画は、ソフト路線が、下敷きとなり、宗教、民族、文化・科学なりが柱となるべきだが、そもそもの社会基盤たる家族、地域、職場が確立していることが前提である。その前提が壊れていることが、最も問題だ。

 

 人口出生率の低下は日本のみではない。最も著しいのは、韓国、シンガポールであり、中国、ヨーロッパである。イスラム国家は、人口増が社会に定着しており、人口増圧力によって世界の中での存在感を強めている。出生率の増減の社会的機構の科学的解明は、なされていない。小生の独断と偏見は、西洋文明を担ってきた個人主義の行き詰まり、家族の崩壊、とくに女性の職場進出に低出生率の最も大きな原因がある、とみる。女性の政治的権利、教育を受ける権利、さらには大部分の経済的権利について、今の時代、男女の間に法的、社会的差異を設けることを主張するのでは毛頭ない。だが、出生率の向上、家族靭帯の強化、民族のまとまりを考えると、おのずと生物としての差異にもとづく男女の社会的役割が異なってくることを社会秩序の中に、適切に和ましていくべきだ。少なくとも最近、立法化した「男女共同参画法」のような倒錯した法規範は是正すべきである。大きく言えば、西洋文明のもつ個人主義的哲学を、国民レベルで社会思想の主流ではなくすべきだと思う。

 

さて、国土計画が、そのような大それた提案を取り込みうるのだろうか?

 

3.国土計画が出生力回復のための政策をどう提唱するか

 

 個人の自由、思想信条の自由など現代日本にしみこんだ規範を前提にしながら何をどう、提案できるか、考えたい。

 

 韓国の例は面白い(読売18.11.20)。保険福祉省は、放送作家協会などと協力、テレビドラマを通じ、国民の結婚意識を高め、出生率を高めることとし、まずセミナーから始めたとある。「結婚しないキャリアウーマン」を肯定的に描くテレビドラマの影響が大きいからだ。

 

 赤子のオシメを取り替える「ミス日本」嬢のコマーシャルなど想像できない。子供を3人も4人も抱えては美しい水着姿もありえまい。会社の若い男にいちゃいちゃされる女子社員のほうが面白そう。女性の「理想像」が、民族存続につながらない間違ったものになっているのはなぜか?

 

 個人主義の行きすぎか、資本主義で人間を労働力としかみないからか、はたまた社会思想・科学技術文化の発展の当然の結果なのか。しかし、民族滅亡になっては、どんな弁明も許されるものではあるまい。少なくとも今の動きとは別の動きを社会全体で追い求めてみる必要がある。

 

「女性は産む機械」とか言って大臣の首が飛び掛ったりしたが、あえて小生なりに国土計画的政策を、勝手に上げてみよう。

 

4.民族再生のための国土計画・試論

 

1)家族が社会基盤であることを再認識し、基本ルールを戦前に戻す。民法を改正し、家制度の復活に近いルールを公認する。家族による扶養義務を強める。

小家族化・核家族化を制度のうえで食い止め、反転させるため、例えば3親等以上にまで扶養義務を広める。戸籍制度を一層、厳格に運用する(例えば3世代表示に戻す)。所得税制度は、扶養親族の多いものに対し格段の優遇措置に改正する。相続税も原則、廃止する。

 これらの諸制度の改善は、血縁の意義を強め、結婚・出産・育児における女性の偉大なる役割を社会的に再認識させることになろう。

 

2)安易な福祉から自立・血縁共助へ。公営年金は、民営化する。老後を国の面倒に頼ろうとする現行のわが国の年金制度は、私有財産制を国是とし、自由と民主主義を標榜する国柄の恥としなければならない。年金は、国の直接管理から離れ、民営、地域、職場、そのほかの多様な制度によって、支えられるものに揺り戻すべきだ。

国は、定年制を廃止し、働ける高齢者に適切な職場仕事を創造、保障しなければならない。

社会主義的色彩の強い福祉制度は、家族を軽視している。女性も尊ばれているとはいえない。「男に負けない女」とは、「女」を下に見ているからではないか。女権拡張主義(ウーマンリブ)は、古い。

 

3)歴史、伝統尊重、文化重視をあらゆる国づくり・地域づくりの基本とする。

日本の民族の特長・機微を日常的に国民が認識しないで、家族を産み育て伝えていく機運は興りえない。歴史と伝統の尊重は、最先端技術の取り込み、巨大インフラの整備などを排するものではない。

 

4)移民の受け入れを積極化する。日本民族の歴史・伝統の尊重があれば、はじめて海外から有為の人材を多く日本国内に受け入れることが可能になる。世界の成長は、西欧文明でない文明が、これから背負っていくことになろう。日本は孤立化することはない。

 

5)畏れ多いが、ご皇室の繁栄を国民こぞって願う心を強め、具体の制度改善策などを早急に講ずべきである。戦後、占領軍により無理やりに臣籍降下をさせられた旧11宮家の復活を行なうべきである。皇室財産も返還すべきであり、国有林も帝室林に一部返還すべきである。成田国際空港も敷地の皇室返還によりロイヤル空港にすべきだ。靖国親拝も復活いただく。

 

6)家族基盤の復活は、結局は、愛国心の復活につながり、国家権威の尊重にもつながる。社会風潮の安定化は、軽薄な女権運動、「男女共同参画法」などの誤った社会立法が、おのずと国民の支持を失っていく、基本である。

 

 以上のような、国土計画の基本の策定と実行により、今の出生率1.29といった憂うべき状況を、一昔二昔(10年20年)で、正常な民族再生の姿に取り戻せるのではないか、と小生は、予見する。夢想ではない。

 

5.おわりに

 

 「貧乏人の子沢山」こそ日本の21世紀の国土計画の標語にふさわしいのかもしれない。少子高齢化社会などの言葉を決して甘受せず、多子若齢化社会を築き、できれば経済的にも世界に伍していけるような社会になってほしい。

私事で恐縮だが、昔、小生も結婚式は、丸君丸子さん方式でやった。両親にすまないことをしたと今になり反省している。大学で経済学は、エコノメトリックスを学び、計画経済などありえないと思いつつ学んだが、思想的には戦前の日本は、間違っていたと思い込まされていた。ウオ―ギルトインフォメーションプログラム(日本人に戦争犯罪の意識を植え付ける占領軍の計画)に洗脳されていたのだ。

今、閉塞感ただよう日本を見るにつけ、日本民族が長い時代をかけて培ってきた社会規範を、その本質に即した正しい姿に戻すことが必要だと思う。

 

国土

プロジェクトする想い;国土計画はもういらないのか

 

(百華寄稿)

 

天本俊正

東京大学経済学部

昭和40年3月卒業

((株)天本俊正・地域計画21事務所)

 

1.はじめに

 

 平成不況「失われた10年」は、15から20年になりつつある。公共投資が抑制されているのは不可解千万。日本列島に目立った開発プロジェクトの姿が少ない。東京都心再開発と東名リニアくらいだ。プロジェクト逆境の時代をどう考えるか。旧建設省OBで国土計画にもかかわった人間として、最近、考えることをランダムにとりあげてみたい。国土計画10原則を考えたが、その中のいくつかと結びつけてみる。

 

2.八つ場ダムと男女共同参画法の廃止 

    

 *国土計画は、ハード(施設系)ばかりでなくむしろソフト(ネットワーク、文化など)が、いっそう大事になってきている。

 *国土計画は、経済的なものばかりでなく、文化、生活にかかわるものもあり、むしろその比重は高まっている。

 

 昨年(平成21年9月)政権交代があってこの方面の話題としては、関東・利根川の八つ場ダムの本体着工中止の「事件」がある。大きなプロジェクトは、工事期間も長いが懐妊期間も長い。八つ場ダムも戦後間もない頃に構想され、計画され,用地が手当てされ、関連先行事業が行われてきた。数十年の時代の検証を経てきている。最後段階の本体着工中止にはいかにも無理がある。政治的な意味合いが強すぎる。

 

 よく公共事業は、一度、計画したらやめない、官僚主義の弊害などといわれるが、河川関係で中止された超大事業でも、日本運河(伊勢湾ー若狭湾を結ぶ)、千歳川放水路(北海道)などあり、利根川も沼田ダムは構想だけで終わった。八つ場ダムは、長い時間を経て成熟して本体着工に漕ぎ着けている。機関としての国はダム建設を中止するにしても、関係都県、地元は必要となれば都県連合での着工竣工、管理移管になろう。道州制のさきがけだ。そうなれば、それはそれで政治的に意味のある解決であろう。

 

 「コンクリートから人へ」も国土計画論から言えば、ひどいフレーズだ。国土計画は、超長期の国土つくりを扱うのだからハードばかりでなくソフトも大きな課題だ。例えば、戦後の農地解放、都市への人口集中には、土地所有権の確立が、重要な超長期的課題であった。土地所有者の数は、昭和20年代の数百万人から今や4000万人にまで膨れ上がり、私有財産制の自由経済の根本をなしている。戦前の家制度は、社会の安定、民族の繁栄に好都合の制度であったが、敗戦、占領軍の思想統制の結果は、この60年をへて、家制度の思想は、ほんの芽吹程度にしか残っていない。過剰な個人主義、マルクス文化主義の権化のような男女共同参画法という悪法体制がすでに10年、20年続いている。出生数減少を跳ね返すには、それこそ懐妊期間の長いソフトの「公共事業」として、国、地方一体になっての、家族・地域・職域基盤の再生を図る「産めよ殖やせよ」の国民運動を推進しなければならない。

 

 

3.日韓トンネルと電柱地中化

 

*国土計画は、プロジェクトの積み重ね。一つで長期・巨額なものもあり、小さなプロジェクトの多くの長い期間の積み重ねもある。プロジェクトにより資金がかかるものと手間・暇のかかるものとがある。

 

 

  大東亜戦争の前の、日本の国鉄の3大プロジェクトのうちまだ実現していないのが、関釜トンネル(実現したのは、弾丸鉄道、青函トンネル)。韓国南部と北部九州の経済圏を一体化するのに不可欠な海峡トンネルは、わが国では政治の話題にもほとんど乗らない。韓国では大統領候補の選挙用のスローガンにあがっている。

 日韓トンネルは、朝鮮海峡・対馬海峡200キロを海底トンネル・巨大橋梁でつなぐもので、高速道路、リニア鉄道のほか、エネルギー流通、原子力発電基地、海洋牧場、産業廃棄物処理などの多目的海洋施設として21世紀初頭のアジアの巨大プロジェクトの一つになりうる。投資規模は10兆円超の規模であろう。プロジェクトの推進には日韓両国の中央政府の共同研究・調査が急ぎ必要である。

 

 大規模土木工事に対してはなぜか国民的拒否反応が、蔓延している。JR東海が、自社投資で東名リニアを計画し(投資規模5兆円超か)、東京・押上に630メートルを越える電波塔が、建設され、国民の間にやっと「なにかやってやろう」の意気込み、期待感が、公共に頼らずに出てきたのは喜ばしい限りである。

 日韓トンネルの投資規模に勝るとも劣らない公共事業が、電柱の地中化である。全国の都市の街中から電柱電線の蜘蛛の巣を追放し、青空を都市のまちまちに取り戻すには、やはり10兆円超の投資規模が必要である。太陽光発電や電気自動車の家庭充電、光ファイバーの敷設は、都市道路を交通空間ばかりでなく、情報伝達空間、エネルギー伝達空間として再生させる。

 

4.3000万都市圏と道州制/新国土計画

 

*国土計画は、総合的であるべき。自然と環境の保全、経済、生活、文化と広範な範囲にわたるべき。

*国土計画は、計画実施の体制をあわせて提案すべきである。

 

 戦後の日本の経済成長は、中央政府と地方政府、民間と公共の激しいせめぎあいの中で培われてきた。この10年ー20年、その活力が失われてしまった。東京圏は、3000−4000万の人口・経済力を有する大都市圏としてそれなりに成長を遂げ、一人勝ちしている。他の日本の地方は衰退。アンバランスを是正するには、もう一度、日本列島を3000万大都市圏に再編成する。東北・北海道、関東、中部・北陸・近畿、中四国・九州の4地区に地域戦略本部を置く。それぞれの地域戦略本部が、日本国全体、アジア・世界に雄飛するプロジェクトや人材育成、新産業振興を競いあう。道州制もその一つの総合行政機構となろう。国と地方が一体になって、日本列島の再生を図っていかなければ、日本はアジアの発展からも取り残される。

 

 民族としての繁栄のために「産めよ殖やせよ」のスローガンの下、家族・地域・職域の基盤の再強化を図りつつ、効率的・広域的な地域開発・都市開発の地域戦略を国としてもつ必要がある。たとえGNP指標などが落ち込んでも

民族としての出生力が強く、文化・科学が十分、国際的に先端的で内容豊かであれば、日本は独立して世界に伍していくことができる。

 

 本年(平成22年)6月、民主党政権は、新経済戦略を発表した。エネルギー・環境、健康、アジア、観光の4本柱だが、自民党政権の経済危機対策(平成21年4月)と変わり映えがしない。むしろ小泉・竹中路線から鳩山・菅路線にかけて、いわば反民族的・反日本的経済戦略の同一延長線上にあるといわざるをえない。長引く平成不況は、リーマンショックで一層、日本の経済社会を窮地に追い込んでいる。ここは、成長でなく民族を取り戻すことでしか乗り切れない。

 

 働き者から巻き上げて怠け者に配る社会福祉を削り、公共・民間の双方の投資を拡充する経済政策に戻る一方、教育勅語を復活して国民の道徳水準をあげるなどが、まずやるべき国民的課題である。衰退する西欧文明から脱却して日本民族の独自の文化・文明を世界に問うべきである。そういう国土計画を策定すべきである。

 

5.おわりに;司令塔を失った国土政策

 

*国土計画は、私有財産と自由を基本にする2000年の歴史を持つ日本の歴史と伝統をいかすものであるべき

 

 21世紀初頭、日本は難しい舵取りを迫られる。国民の意識が、歴史と伝統、慣習を守り、誇りを持つものになることが何よりも必要であるが、あわせていい意味での「司令塔」も必要である。かならずしも政治の世界でなく、もっと国民統合のような存在から出るべきものだ。日本国の歴史は、天皇の治世という伝統を持つものであるが、その21世紀初頭にふさわしい「司令塔」の形は、国民が日常の生活の努力の中から生み出していけるものと期待する。衆愚政治に堕しているわが国では、政治家以外の国民運動家、宗教家、実業家などの中から出る優秀なリーダーが、挙国一致で(教育勅語からとれば、億兆心を一にする・・)で国家建設をリードすべきで、その中で国土計画も作られ、数多くのプロジェクトも生まれる。

 

 ・・と、大げさな「随想」になり、やや心外であり、恥ずかしいが、平成22年の今、あまりに先の光が見えない世の中で、頭にある出鱈目を吐露、お許しを請いたい。

 

上記以外の国土計画10原則は、次のとおり

 

*国土計画は、国内的なものばかりでなく、国際的なものも多く、アジアの中の日本を考えるとき。

*国土計画は、リスクの高いもの、可能性の低いものも含むのは当然である。

*国土計画は、ひとびとに夢を与えるものと覚悟を迫るものとがある。

*国土計画は、これからは保全と開発、整備と廃棄物処理とのバランスが重要である

 

 

(以上)(約3800字)

平成22年6月24日

 

 

 

 

 

 

 

4.平成15年以前の「主張」の目録

平成15年のメッセージ

現在は政治活動はしていませんが、天本俊正を理解頂きたく平成10年以前のものもあえて残していますのでよろしくおねがいたします.。

平成15年9月;都市緑化に新しい法制を

 国土交通省は、「都市公園法」と「都市緑地保全法」を統合し、

都市の緑化に地方公共団体のみならず、市民団体やNPO、地域など幅広い階層の参加を求めるための法改正を準備している。

都市に自然があふれるほど必要なことが、認識されてきて証拠であろう。大いに国民的議論を呼び、一日も早い法改正を期待する。

(天本俊正;平成15年9月20日)

*************************************:::

天本俊正後援会発行「かちがらす」よりの抜粋です

 
10年6月 国民・市民が将来に希望の持てる政策、ビジョンを一つも打ち出せない自民党内閣は、野党・改革勢力に政権を譲るべき
公正、公平な社会をつくるため、政治家の行政への口利き利得は、やめるべき
 
10年4月 新・民主党への野党勢力の結集に期待する。
緊急の景気対策は、思い切った所得減税と規制緩和、新公共事業を行うべき
 
10年3月 沖縄・普天間基地の代替ヘリポートの建設は、日本の安全保障、アジアの平和の中長期の見通しの議論をきちんとし、必要なら名護にこだわらず立地、機能の見直しもすべき
選挙法改正でもっと明るい自由な活動を
 
10年2月 民政党を核とする野党勢力の結集で政治改革を進めよう
地方分権を進めるため思い切って国から地方への補助金を中止する 
 
10年1月 勤勉で、自然を愛し、進取の気性に富む日本民族、その民族の誇りに立つ政治を
新憲法をつくり、自ら国を守り、経済社会システムを21世紀に相応しいものに作り変える
 
9年12月 経済破綻に無策の橋本内閣は、即刻、退陣すべき
郵政3事業は、一部に国営部分を残しながら、原則、民営化の改革を行うべき
 
9年11月 株式・金融市場の破綻、経済破綻を避けるため、景気回復に緊急対策を講ずべき
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は南北関係改善(対話)など進めるべき。
 
9年10月 日本の安全保障・日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の見直しは、国会の承認を受けるべき
いまは景気回復を。
経済再建なくして財政再建なし。
 
9年 9月 政治を通して予算編成権を国民の手に
佐賀の農業を世界に通じる農業に
 
9年 8月 勇気ある子に育てる教育を
土地の流動化のために土地税制の緩和を
 
9年 7月 政治改革を成し遂げよう
河川に自然を取り戻そう
 
9年 6月 介護保険法に反対
諫早干拓に正しい理解を
 
9年 5月 財政立て直しは知恵をしぼって
ペルーの教訓を生かせ
 
9年 4月 佐賀空港に中国・韓国など近隣国際空路の開設を
反戦1坪地主に国の安全を曲げさせてはならない
   
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