日本にも2大政党の政治は可能である

 平成5年の細川連立内閣は、わが国でも2大政党による政権交代の政治が始まったかに思えた。
その後残念ながら自民党独走の政局が続き、やはり、無理かという声も出てきました。

 20世紀は、1917年のレーニン革命から、89年のベルリンの壁の崩壊まで「社会主義」という制度の、壮大な、悲劇的実験があった世紀だ。
旧ソ連、中国、東欧などの結果は、この制度が人類が決して採用できない、非人間的なものであることを明らかにした。
資本主義か社会主義か、という政治対決はなくなった。
非共産で存在意識を持っていた旧来の自民党は、その意味での役割は終わりました。
さらに政権を独占してきた自民党は、ロッキード汚職からゼネコン汚職まで続く利権政治の腐敗で、この面からも国民の信頼を根底から失った。
平成5年からの政治改革は、小選挙区選挙を始め、政治を国民の手に取り戻すための国民的な取組みであった。
2大政党、政権交代への国民の期待は大きい。
「改革は後退しない」


アメリカの政治体制から学べ
 
 アメリカの民主党と共和党はどう差があるのか。
19世紀から200年の政治の歴史を経てできた2大政党である。
その時々の政策の違いに余り捕らわれずに、国民の中での支持階層の大まかな違い、地域的な支持の強さの差など、お互いの伝統と人々の愛着を大事にして、ともに民主政治の基本を作ってきたと思います。
両党とも地域の人々との繋がりを大事にし、行政の細々した面倒見に骨を惜しまない。
キャプテンといわれる第一線で政党を支える人達が大勢いる。
お互いにつちかった関係に足を踏み込むことはタブーとしてきた。
相手を叩きのめすことはしない。


政党は国民が政治を操作する

 政党は有力者や政治好きが動かしていいものではない。
政治家の私物でもない。
国民が、政治の方向を決めるために、2大政党を使ってゴーサイン、ストップサインを出す。
与党が駄目なら野党の支持に回る。
この国民の使える道具になるために、今、非自民・非共産の野党勢力が統一して政権獲得をめざすことが、必要。
 政党が、辛抱強く、国民の支持支援を獲得するために努力していけば、日本でも2大政党は可能である。
国民も「水清く魚住まぬ」態度でなく政党を育ててほしい。


どちらかをクリックしてあなたのご意見をお聞かせください

このページは別ウィンドウで開いています。
政策発言INDEXへは、このウィンドウを閉じてお戻りください。