二才半を過ぎた可愛い孫は油断もスキもならない。
いつ見ているのか良いにつけ悪いにつけすぐ真似する。
よい真似の時は楽しそうに、悪い真似の時はそれが決してほめられる事ではないとわかっているかのように、いたずらっぽい笑顔で記憶にはっきり残っている訳ではないが、その時その時、何かを感じながら、確かに何かを吸収しながら、今の自分が在ると実感する。
その年令よりは、環境の影響力が一番強く、考え方、行動力に現れてくると思う。
模範とすべき社会的地位にある人達が、信じられないような重大な不祥事を起こしながらも平然としていられるのは、エリートコースを歩み「心」の痛みの部分に無縁だったからではないでしょうか?
また、「この不況の世の中を乗り切るため多いに失楽園しよう」とあおる評論家がいたり(すでに実行している者も数多く)些細な理由で殺人を犯したり、忍耐力思慮の欠落はどこからきたのだろうか。
今の「心」を忘れた社会の有様では、どんな子供に「健全な生き方」を推し進めようとも説得力がある筈もない。


佐賀市本庄町 S・Mさん